士師記9章

士師記9章からを学びます。まず1節から21節までをご覧ください。

 

Ⅰ.アビメレクとシェケムの住民の悪(1-21)

 

まず6節までをお読みします。

「さて、エルバアルの子アビメレクは、シェケムにいる母の身内の者たちのところに行き、彼らと母の一族の氏族全員に告げて言った。

「どうかシェケムのすべての住民の耳に告げてください。『あなたがたにとって、エルバアルの息子七十人全員であなたがたを治めるのと、ただ一人があなたがたを治めるのとでは、どちらがよいか。私があなたがたの骨肉であることを思い起こすがよい』と。」

アビメレクの母の身内の者たちが、彼の代わりに、これらのことをみな、シェケムのすべての住民の耳に告げたとき、彼らの心はアビメレクに傾いた。彼らが「彼は私たちの身内の者だ」と思ったからである。

彼らは、バアル・ベリテの神殿から銀七十シェケルを取り出して彼に与えた。アビメレクはそれで、粗暴なならず者たちを雇った。彼らはアビメレクに従った。

アビメレクはオフラにある彼の父の家に行って、自分の兄弟であるエルバアルの息子たち七十人を一つの石の上で殺した。しかし、エルバアルの末の子ヨタムは隠れていたので生き残った。

シェケムのすべての住民とベテ・ミロのすべての人々は集まり、行って、シェケムにある石柱のそばの樫の木の傍らで、アビメレクを王とした。」

 

「エルバアル」とはギデオンのことです。ギデオンには七十人の息子がいましたが、その中の一人の子アビメレクが、シェケムにいた母の身内の者たちのところに行き、彼らは母の一族全員にギデオンの七十人の息子全員でイスラエルを治めるのと、一人が治めるのとでは、どちらがよいかと告げると、シェケムのすべての住民の心はアビメレクに傾きました。なぜなら、彼はシェケムの出身だったからです。そこでシェケムの住民とベテ・ミロのすべての人々は集まり、アビメレクを王としました。

 

ここで「シェケム」の場所を確認しておきましょう。巻末の「12部族に分割されたカナン」を見ると、エフライムの境界線に近いマナセの領地にあることがわかります。ここはかつてヨシュアがイスラエルの全部族を集め、民と契約を結び、彼らのために掟と定めを置いた所です。(ヨシュア24:1-24)

ヨシュアはそれらのことばを神の教えの書に記し、大きな石を取り、主の聖所にある樫の木の下に立てました。(ヨシュア24:25)この石こそ6節にある「石柱」のことです。その後、ヨシュアは、百歳で死に、隣のエフライムの相続地にあるティムナテ・セラフに葬られました。また、エジプトから携え上ったヨセフの遺骸を、シェケムの地に葬りました。

ですから、「シェケム」というのは地理的にもそうですが、信仰的にもイスラエルの中心であったことがわかります。そこであった出来事がこれなのです。

ギデオンが死んだ後、彼の一人の息子アビメレクが王となります。彼らはアビメレクからの提案を受けると、彼が自分たちの身内の者であるという理由で、彼を王にしようとしました。それで、彼らはアビメレクにバアル・ベリテの神殿から銀七十シェケルを取り出して与えました。するとアビメレクはそれで、粗暴なならず者たちを雇い、ギデオンの七十人の息子たちのうち、末の子ヨタム以外の兄弟全員を殺しました。

 

すると、そのことが末の子ヨタムに告げられ、ヨタムは預言します。7節から21節までをご覧ください。

「このことがヨタムに告げられたとき、彼は行って、ゲリジム山の頂上に立ち、声を張り上げ、彼らに叫んだ。「私に聞け、シェケムの人々よ。そうすれば神はあなたがたに耳を傾けてくださる。

木々が出かけて行って、自分たちの上に王を立てて油を注ごうとした。木々はオリーブの木に言った。『私たちの王となってください。』

すると、オリーブの木は彼らに言った。『私は、神と人をあがめるために使われる私の油を捨て置いて、木々の上にそよぐために行かなければならないのだろうか。』

木々はいちじくの木に言った。『あなたが来て、私たちの王となってください。』

しかし、いちじくの木は彼らに言った。『私は、私の甘みと良い実を捨て置いて、木々の上にそよぐために行かなければならないのだろうか。』

木々はぶどうの木に言った。『あなたが来て、私たちの王となってください。』

しかし、ぶどうの木は彼らに言った。『私は、神と人を喜ばせる私の新しいぶどう酒を捨て置いて、木々の上にそよぐために行かなければならないのだろうか。』

そこで、すべての木が茨に言った。『あなたが来て、私たちの王となってください。』

茨は木々に言った。『もしあなたがたが誠意をもって私に油を注ぎ、あなたがたの王とするなら、来て、私の陰に身を避けよ。もしそうでなければ、茨から火が出て、レバノンの杉の木を焼き尽くすだろう。』

今、あなたがたは誠意と真心をもって行動して、アビメレクを王にしたのか。あなたがたはエルバアルとその家族に良くして、彼の手柄に報いたのか。

私の父は、あなたがたのために戦い、自分のいのちをかけて、あなたがたをミディアン人の手から助け出したのだ。

しかし、あなたがたは今日、私の父の家に背いて立ち上がり、その息子たち七十人を一つの石の上で殺し、また、あなたがたの身内の者だからというので、女奴隷の子アビメレクをシェケムの住民たちの上に王として立てた。

もしあなたがたが、今日、エルバアルとその家族に対して誠意と真心をもって行動したのなら、あなたがたはアビメレクによって喜ぶがよい。彼も、あなたがたによって喜ぶがよい。

もしそうでなかったなら、アビメレクから火が出て、シェケムの住民とベテ・ミロを焼き尽くし、シェケムの住民とベテ・ミロからも火が出て、アビメレクを焼き尽くすだろう。」

それから、ヨタムは逃げ去ってベエルに行き、兄弟アビメレクの顔を避けてそこに住んだ。」

 

このことがヨタムに告げられたとき、彼は行って、ゲリジム山の頂上に立ち、声を張り上げ、シェケムの人たちに叫びました。ヨタムは、ギデオンの末の子でしたが、アビメレクが自分の兄弟七十人を殺したとき隠れて難を逃れたのです。

彼は、まずたとえを語ります。木々が自分たちの王になってくれるようにとオリーブの木に、次にいちじくの木に、次にぶどうの木にお願いします。「木々」とは、シェケムの人々のこと、オリーブの木やいちじくの木、ぶどうの木はギデオンの後に出たイスラエルの勇士たちのことでしょう。ところが、これらはいずれも、その願いを退けます。それで最後に、茨に向かって、「あなたが来て、私たちの王になってください。」と言いました。すると、茨は木々に言いました。

「もしあなたがたが誠意をもって私に油を注ぎ、あなたがたの王とするなら、来て、私の陰に身を避けよ。もしそうでなければ、茨から火が出て、レバノンの杉の木を焼き尽くすだろう。」(15)

 

この「茨」とはアビメレクのことです。彼は王にふさわしくない、野心に満ちた危険な存在であるとヨタムは警告しています。そして、これはあなたがたに善意を尽くしたギデオンに真実を尽くしたものなのか、と問います。いや、そうではありません。ギデオンは良いことをしたのに、彼と彼の家族に感謝し、誠意と真心をもって行動したかというとそうではなく、むしろ彼らは自分たちの欲望を満たすためにそむきの罪を犯したのだと断罪するのです。そして、もしそうでないなら、アビメレクから火が出て、シェケムの住民とベテ・ミロを焼き尽くすと宣言しました。(20)これはどういうことかというと、アビメレクとシェケムの人々は、今は悪い考えで一致しているが、その関係は決して長続きしないということです。彼らは、やがて互いに食い合い、滅ぼし合って、さばきをもたらし合うようになる、ということです。これを聞いたアビメレクやシェケムの人々は、そんなことはないと笑っていたことでしょう。そして3年間はこの状態が保たれたようです。しかし時が経過して、このヨタムの宣言は現実のものとなって行きます。

 

Ⅱ.暴虐への報い(22-49)

 

22節から25節までをご覧ください。

「アビメレクは三年間、イスラエルを支配した。

神は、わざわいの霊をアビメレクとシェケムの住民の間に送られたので、シェケムの住民たちはアビメレクを裏切った。

こうして、エルバアルの七十人の息子たちに対する暴虐への報いが現れ、彼らの血が、彼らを殺した兄弟アビメレクと、アビメレクに手を貸してその兄弟たちを殺したシェケムの住民たちの上に降りかかった。

シェケムの住民たちは、アビメレクを待ち伏せする者たちを山々の頂上に置き、また道を通り過ぎるすべての者から略奪した。やがて、このことがアビメレクに告げられた。

 

まず、シェケムの人々がアビメレクを裏切りました。それは、神がわざわいの霊をアビメレクとシェケムの住民の間に送られたからです。(23) シェケムの住民たちは、アビメレクを待ち伏せする者たちを山々の頂上に置き、そこを通り過ぎるすべての者から略奪したのです。これはどういうことかというと、シェケムの人たちが略奪を繰り返すことによってシェケムの治安を悪化させ、アビメレクの支配を揺るがそうとしたということです。こうしてアビメレクとシェケムの人たちの間に亀裂が生じました。前述のヨタムの言葉で言えば、シェケムから火が出たわけです。

 

そればかりではありません。今度はエベデ人ガアルが加わります。26節から29節までをご覧ください。

エベデの子ガアルとその身内の者たちが来て、シェケムを通りかかったとき、シェケムの住民たちは彼を信用した。

住民たちは畑に出て行って、ぶどうを収穫して踏み、祭りを催して自分たちの神の宮に入って行き、食べたり飲んだりしてアビメレクをののしった。

そのとき、エベデの子ガアルは言った。「アビメレクとは何者か。シェケムとは何者か。われわれが彼に仕えなければならないとは。彼はエルバアルの子、ゼブルは彼に仕える者ではないか。シェケムの父ハモルの人々に仕えよ。なぜわれわれはアビメレクに仕えなければならないのか。

だれか、この兵を私の手に与えてくれないものか。そうすれば、私はアビメレクを追い出すのだが。」彼はアビメレクに「おまえの軍勢を増やして、出て来い」と言った。」

 

エベデ人ガアルとその身内の者たちが来て、シェケムの住民たちのところに来ると、シェケムの人たちは彼を信用しました。そして、畑に出て行って、ぶどうを収穫して踏み、食べたり飲んだりしたとき、アビメレクをののしりました。

するとガアルは、「アビメレクとは何者か。シェケムとは何者か。われわれが彼に仕えなければならないとは。彼はエルバアルの子、ゼブルは彼に仕える者ではないか。シェケムの父ハモルの人々に仕えよ。なぜわれわれはアビメレクに仕えなければならないのか。だれか、この兵を私の手に与えてくれないものか。そうすれば、私はアビメレクを追い出すのだが。」と言いました。

 

このところからわかることは、彼はハモルと深いつながりがあった人物であるということです。「ハモル」とは、ヤコブがまだ生きていた頃、ラバンのところから約束の地に帰ってくるとき、シェケムにとどまっていたときの首長です。もともと、ここにはヒビ人ハモルとその子シェケムらが住んでいましたが、シェケムがディナを見てこれを捕らえこれと寝て辱めるという事件が起こったため、ヤコブの息子たちは一つの民となる約束を交わし、相手方に割礼を受けさせました。そしてその傷が痛んでいる間に襲って、すべての男子を殺しました(創世記34章)。そのシェケムの父ハモルの血を引く者たちが残っていたのでしょう。ガアルもその一人だったと考えられます。その彼がシェケムの父ハモルの人々に仕えよ、と叫んだのです。

 

先にアビメレクが自分はシェケム出身であると訴えて、シェケムの人々の心を勝ち取りましたが、今度はガアルがこの町のより深い歴史に訴えて、アビメレクに対する謀反を煽ったのです。こうしてアビメレクは自分がしたように他の人にもされることになりました。

 

その結果どうなったでしょうか。30節から45節までをご覧ください。

「この町の長ゼブルは、エベデの子ガアルの言ったことを聞いて怒りを燃やし、

ひそかにアビメレクのところに使者を遣わして言った。「今、エベデの子ガアルとその身内の者たちがシェケムに来ています。なんと、彼らは町をあなたに背かせようとしています。今、あなたとあなたとともにいる兵が、夜のうちに立って、野で待ち伏せし、朝早く、太陽が昇るころ、町に襲いかかるようにしてください。すると、ガアルと、彼とともにいる兵があなたに向かって出て来るでしょう。あなたは手当たり次第、彼らを攻撃することができます。」そこで、アビメレクと、彼とともにいた兵はみな、夜のうちに立って、四隊に分かれてシェケムに向かって待ち伏せた。

エベデの子ガアルが出て来て、町の門の入り口に立ったとき、アビメレクと、彼とともにいた兵は、待ち伏せしていたところから立ち上がった。

ガアルはその兵を見て、ゼブルに言った。「見よ、兵が山々の頂から下りて来る。」ゼブルは彼に言った。「あなたには、山々の影が人のように見えるのです。」

ガアルはまた続けて言った。「見よ、兵がこの地の一番高いところから下りて来る。さらに一隊がメオンニムの樫の木の方から来る。」

ゼブルは彼に言った。「『アビメレクとは何者か。われわれが彼に仕えなければならないとは』と言ったあなたの口は、いったいどこにあるのですか。あなたが見くびっていたのは、この兵ではありませんか。さあ今、出て行って、彼と戦いなさい。」そこで、ガアルはシェケムの住民たちの先頭に立って出て行き、アビメレクと戦った。

アビメレクが彼を追ったので、ガアルは彼の前から逃げた。多くの者が刺し殺されて倒れ、門の入り口にまで及んだ。」

 

このことを聞いたアビメレクは、怒りを燃やし、夜のうちに立って、野で待ち伏せし、翌朝早く、町に襲いかかり、ガアルと、彼とともにいた者たちを打ちました。 しかし、アビメレクの怒りはこれで収まりませんでした。裏切ったシェケム人に対する復讐心に燃え上がります。

 

41~45 節をご覧ください。

アビメレクはアルマにとどまったが、ゼブルは、ガアルとその身内の者たちを追い払って、彼らをシェケムにとどまらせなかった。

翌日、兵が野に出て行くと、そのことがアビメレクに告げられた。そこで、アビメレクは自分の兵を引き連れ、三隊に分けて、野で待ち伏せた。彼が見ていると、見よ、兵が町から出て来た。そこで彼は立ち上がって彼らを討った。

アビメレクと、彼とともにいた一隊は町に襲いかかって、その門の入り口に立った。一方、残りの二隊は野にいたすべての者を襲って打ち殺した。

アビメレクは、その日一日中、町を攻め、この町を占領して、その中の民を殺した。彼は町を破壊して、そこに塩をまいた。」

 

アビメレクは、自分の兵を引き連れてシェケムの町に襲いかかり、すべての者を打ち殺し、増した。彼はこの町を破壊して、そこに塩をまきました。「塩をまく」という行為は、もう二度と再建されないという意味です。

 

そればかりではありません。46~49 節にあるように、エル・ベリテの神殿の地下室に逃げ込んだ者たちを滅ぼすため、この地下室に火をつけて一千人を皆殺しにしました。まさにギデオンの末の子ヨタムが預言したように、アビメレクから火が出て、シェケムの者たちを食い尽くしたのです。

 

Ⅲ.アビメレクの死(50-57)

 

それからどうなってでしょうか。最後に50節から55節までをご覧ください。

「それからアビメレクはテベツに行き、テベツに向かって陣を敷いて、これを占領した。

この町の中に堅固なやぐらがあった。すべての男女、町の住民たち全員はそこへ逃げて立てこもり、やぐらの屋根に上った。

アビメレクはやぐらのところまで来て、これを攻め、やぐらの入り口に近づいて、これを火で焼こうとした。

そのとき、一人の女がアビメレクの頭にひき臼の上石を投げつけて、彼の頭蓋骨を砕いた。

アビメレクは急いで、道具持ちの若者を呼んで言った。「おまえの剣を抜いて、私にとどめを刺せ。女が殺したのだと私について人が言わないように。」若者が彼を刺したので、彼は死んだ。

イスラエル人はアビメレクが死んだのを見て、一人ひとり自分のところへ帰って行った。」

 

アビメレクの怒りはそれでも収まりませんでした。シェケムの一部の人たちがテベツに逃れると、今度はテベツに行き、テベツに向かって陣を敷いて、これを占領しました。そして、やぐらに火を放ちそこへ逃げ込んだ住民たちを滅ぼそうとしました。しかし、そのとき一人の女がアビメレクの頭にひき臼の上石を投げつけて、彼の頭蓋骨を砕きました。ひき臼は、直径30センチくらいの石です。そのような石がうまく命中して死ぬというのも、まさに神の御手によると言えます。

 

ここにも皮肉があります。アビメレクはギデオンの子らを一つの石の上で殺しましたが、その彼自身、石を投げつけられ、石の傍らで死にます。自分がしたようにされたのです。ヨタムはアビメレクを呪ったが自ら手を下すことなく、アビメレクは葬り去られました。

 

これらの出来事から、私たちは何を学ぶことができるでしょうか。この章の結論は56節と57節です。

「こうして神は、アビメレクが兄弟七十人を殺して自分の父に行った、その悪の報いを彼に返された。神はまた、シェケムの人々のすべての悪の報いを彼らの頭上に返された。エルバアルの子ヨタムののろいが彼らに臨んだ。」

 

ここには「報い」という言葉が強調されています。こうして神は、アビメレクが兄弟七十人を殺して自分の父に行った、その悪の報いを彼に返されました。また、シェケムの人々のすべての悪の報いを彼らの頭上に返されました。これは神の報いなのです。神に背いて王となったアビメレクと、それに共謀したシェケムの住民がともにさばきを受けたのです。

 

私たちも神にそむき、自分の欲望と満足に生きるのであれば、必ず神のさばきを受けることになります。現実的にはそう見えない時があっても神の支配はそこにあり、時至って一人一人にふさわしい報いをお与えになるのです。仮にこの世でそうでなくても、来たるべきさばきにおいて必ずそれは実現するでしょう。

 

ですから、私たちに求められているのは、神の恵みに心を留めるということです。神はギデオンがイスラエルのためにいのちをかけてミディアン人と戦い、彼らをミディアン人の手から救い出したように、ご自分のいのちをかけて、私たちを罪の中から救い出してくださいました。そのことを心に留めなければなりません。そのことから離れると、すぐに元の生活に逆戻りし、主の目の前に悪を行うことになってしまいます。悪は悪の報いをもたらします。その悪は必ず自分に戻ってくるのです。そういうことがないように、いつも主の恵みに心を留め、誠意と真心をもって主に応答し、主に喜ばれる生活をささげていかなければなりません。主の前に正しく生きる者の恵みは大きいのです。