民数記30章

きょうは民数記30章から学びます。

 

Ⅰ.自分の口から出たとおりのことを実行しなければならない(1-2)

 

まず、1~2節をご覧ください。「1 モーセはイスラエルの諸部族のかしらたちに告げた。「これは主が命じられたことである。2 男が主に誓願をするか、あるいは、物断ちをしようと誓う場合には、自分のことばを破ってはならない。すべて自分の口から出たとおりのことを実行しなければならない。」

 

これは、モーセがイスラエル人の諸部族のかしらたちに告げたことばです。モーセは28章と29章において、イスラエルが約束の地に入ってからささげるいけにえの規定について語りましたが、ここでも同様に、イスラエルが約束の地に入ってからどのように生きるべきなのかについて語っています。それがこの誓願に関する教えです。

 

この「誓願」について、新聖書注解は、次のように解説しています。「「主に対する誓願」とは、文字通り宗教的なものであって、この際は、人間同士の誓約のことではなく、あくまでも神に対するものである。主に対する誓願には二種類あって、その第一は、何かを、自ら進んで主にささげるという誓願で、その有名な例はエフタの誓願(士師記11:30.31)である。その第二は、長短の差こそあれ、ある一定期間、ある事をしないとか、あるものを口に入れないことを誓う誓いで、「物断ち」という形のものである。例えば、その期間ぶどうの実も、それから造った酒類も口にしないとか、頭にかみそりを当てない(ナジル人の誓願、→民数記6章)とか、食物を食べない(1サムエル14:24)とかに見られる例である。誓願をしないことは罪ではないが、一度誓願を立てたからには、それを主に対して、遅滞なく果たさなければならないのが原則である(申命記23:21-23)。」(抜粋)とあります。

つまり、「誓願」とは主のために「この期間、これこれのことをします」と誓願をして行うことと、逆に、主のために「この期間、これこれのことをしません」と誓う「物断ち」の二種類の誓願があったのです。すなわち、「誓願」とは積極的に何かをすることであるのに対して、「物断ち」とは積極的に何かをしないことです。

 

こうした誓願や物断ちは、主がとても尊ばれることでした。主のためにこれをするとか、これをしないといった意志や決意を、主が喜ばれるからです。しかし、そのように誓ったならば、それを果たさなければなりません。すべて自分の口から出たことは、そのとおりに実行しなければならなかったのです。誓ったのにそれを果たさないということがあれば、それは主に喜ばれることではありません。それゆえ、主に誓ったことは取り消すことができませんでした。新約聖書には、「誓ってはならない」と戒められていますが、それは、無責任に誓ってはならないということです。誓願、決意、志はとても尊いものですが、そのように誓ったならば、必ずそれを果たさなければなりません。果たさせない誓いはするなというのが、主が戒めておられたことだったのです。

 

Ⅱ.誓願の責任(3-16)

 

それでは、この誓願について主はどのように教えておられるでしょうか。3節から16節までをご覧ください。「3 女が若くてまだ父の家にいるときに、主に誓願をするか、あるいは物断ちをする場合には、4 その父が彼女の誓願、あるいは物断ちを聞いて、彼女に何も言わなければ、彼女のすべての誓願は有効となる。彼女の物断ちもすべて有効となる。5 しかし、もし父がそれを聞いた日に彼女に反対するなら、彼女の誓願、あるいは物断ちはすべて無効としなければならない。彼女の父が彼女に反対するのであるから、主は彼女を赦される。6 もし彼女が、自分の誓願、あるいは物断ちをしようと軽率に言ったことが、まだその身にかかっているうちに嫁ぐ場合には、7 夫がそれを聞き、聞いた日に彼女に何も言わなければ、彼女の誓願は有効である。彼女の物断ちも有効となる。8 もし夫がそれを聞いた日に彼女に反対すれば、夫は、彼女がかけている誓願や、物断ちをしようと軽率に言ったことを破棄することになる。そして主は彼女を赦される。9 しかし、やもめや離縁された女の誓願については、すべての物断ちが当人に対して有効となる。10 もし女が夫の家で誓願をするか、あるいは、誓って物断ちをする場合には、11 夫がそれを聞いて、彼女に何も言わず、反対しないなら、彼女の誓願はすべて有効となる。彼女の物断ちもすべて有効となる。12 もし夫が、そのことを聞いた日にそれらを破棄してしまうなら、その誓願も物断ちも、彼女の口から出たすべてのことは無効となる。彼女の夫がそれを破棄したのだから、主は彼女を赦される。13 すべての誓願も、自らを戒めるための物断ちの誓いもみな、夫がそれを有効にすることができるし、それを破棄することもできる。14 もし夫が日々、その妻に全く何も言わなければ、夫は彼女のすべての誓願、あるいは、すべての物断ちを有効にする。夫がそれを聞いた日に彼女に何も言わなかったのだから、彼はそれを有効にしたのである。15 もし夫がそれを聞いた後、それを破棄するなら、夫が彼女の咎を負う。」16 これらは、夫とその妻との間、父とまだ父の家にいる若い娘の間とに関して、主がモーセに命じられた掟である。」

 

ここで教えられている規定によると、女性の父親が女性の立てた誓願の責任を負うということです。たとえば、若い女が主に誓願をするか、あるいは物断ちをする場合には、その父親が彼女の誓願、あるいは物断ちを聞いて、彼女に何も言わなければ、彼女のすべての誓願は有効となりましたが、もし彼女に反対するなら、それはすべて無効になりました。もし彼女が誓願、あるいは物断ちをしようと軽率に言ったことが、まだその身にかかっているうちに嫁ぐ場合は、彼女の夫がそれを聞いて、彼女に何も言わなければ彼女の誓願、あるいは物断ちは有効でしたが、夫がそれを聞いて反対すれば、彼女の誓願と物断ちは破棄されました。ただし父親や夫が娘または妻の誓願を無効にすることができたのは、それを聞いた最初の日、すなわち、誓願を立てた最初の日に限られていました。

9節にはやもめや離縁された女の誓願について言及されていますが、それはすべて有効となりました。神へのどんな誓いも果たさなければならなかったのです。

 

これらのことから、どんなことが言えるでしょうか。ここで、この誓願を立てている人に注目してください。すなわち、ここで誓願を立てている人は全て女性です。この30章では、誓願の中でも女性が立てる誓願について語られているのです。つまり、イスラエル全体は最小単位である夫婦なり家族から始まり、それが氏族、部族、そしてイスラエルの家全体へと広がっているということです。イスラエルは、それぞれの部族が共同体を形成しており、それぞれが一つになって物事を管理していかなければなりませんでした。その最小単位が夫婦であり家族だったのです。その夫婦や家族がどうあるべきなのかが教えられているのです。それが民全体へと波及していきました。

 

このことは、イスラエルの民族に限らず神の家族である教会にも言えることです。たとえば、Ⅰテモテ3:4~5には教会の監督の資格について語られていますが、その一つとしてあげられていることは自分の家庭をよく治めている人であるということです。「自分の家庭をよく治め、十分な威厳をもって子どもたちも従わせている人です。自分自身の家庭を治めることを知らない人が、どうして神の教会の世話をすることができるでしょう。」

教会のことについて教えられているのに、なぜ自分の家庭のことに言及されているのか。それは家庭が教会の最小単位だからです。それが地域教会、さらには神の国全体へと広がっていくからなのです。ですから家庭が、とりわけ夫婦がどのようにあるべきなのかはとても重要なことなのです。それは教会だけでなくこの社会全体にも言えることです。それぞれの夫婦、家庭がどうあるべきなのかが、その鍵を握っているのです。

 

では家族はどうあるべきなのでしょうか。ここにはその秩序が教えられています。すなわち、家族のリーダーは父親であり、夫婦のリーダーは夫であり、その権威に従わなければならないということです。それは父親が必ずしも正しいという意味ではありません。また夫が必ずしも正しいということではありません。それは神が立てた秩序であって、その秩序に従って歩むことが、家族が神の祝福の中で平和に過ごすことができる原則であると聖書は教えています。家の中で、もしある人が一つのことを決意して、他の人が別のことを決意して、その両方を同時に行なうことができないのであれば、どちらかを破棄しなければいけません。そこで、今読んだような定めがあるのです。娘が誓願を立てても父親がそれは良くないと判断したならば、その誓願を破棄しなければなりません。けれども、娘が誓願を立てた日に、それを禁じなければ、その誓願は有効としなければなりません。それは神の家族である教会にも言えることです。神は家族としての教会に指導者を立ててくださいました。使徒、預言者、伝道者、牧師、教師です。それは聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせるためであり、ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全に大人になって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです(エペソ4:10-13)。それは、私たちがもはや、子どもではなくて、人の悪巧みや、人を欺く悪賢い策略により、教えの風に吹き回されたり、波にもてあそばれたりすることがないためです。ですから、教会にこうした指導者が与えられていることは本当に感謝なことなのです。もし指導者がいなかったらどうなってしまうでしょうか。教会がまとまることはありません。各自、自分が思うことを主張するようになり、やりたいことをするので決してまとまらないのです。ですから、牧師がいない教会は大変なのです。日本の無牧といって、牧師のいない教会がありますが、かなり大変だと思います。牧師のための謝儀が必要ないし、牧師からも指示されることがないので自由でいいという面はありますが、どこに向かって行ったらいいのかわからないので、迷える子羊のように、食べ物に与ることができずやがて死んでしまうことになります。それは不幸なことなのです。ですから、神の家族である教会には年齢や性別、育った環境、置かれている状況など多種多様な人たちが集まっていますが、そうした中にあっても聖書の教えに従い、秩序を重んじて、行動することが求められているのです。

 

それは、女だから口を出すなということはありません。黙っていればいいのね、黙っていれば・・ということでもないのです。女性であっても志を立てることはすばらしいことです。しかし、それが家族全体にとってどうなのかをよく吟味しなければなりません。それがどんなに良いことでも指導者の意見を聞き、その指導に従わなければならないのです。

 

また、男は、怒ったり言い争ったりせず、聖い手を上げて祈らなければなりません。そうすれば、妻や子どもに対してどうあるべきかが見えてくるでしょう。つまり、自分が家の主だかと言って傲慢にふるまうのではなく、自分の妻や娘の意見をよく聞いて判断しなければならないということです。自分の妻が今何を考え、何を行なっているのかを見て、聞いて、彼女の意志を尊重しなければならないのです。ペテロは、「夫たちよ。妻が女性であって、自分よりも弱い器だということをわきまえて妻とともに生活し、いのちの恵みをともに受け継ぐものとして尊敬しなさい。」(Ⅰペテロ3:7)と勧めていますが、このことをわきまえて、妻とともに生活することが求められているのです。つまりキリストが夫婦の関係に求めた愛と服従の関係が、神の家族である教会の中でも、さらにありとあらゆる関係の中に求められているのです。

民数記29章

民数記29章

 

きょうは民数記29章から学びます。

 

Ⅰ.ラッパが吹き鳴らされる日(1-11)

 

まず、1~11節をご覧ください。「1 第七の月には、その月の一日に聖なる会合を開かなければならない。あなたがたは、いかなる労働もしてはならない。これを、あなたがたにとって角笛が吹き鳴らされる日としなければならない。2 あなたがたは、次のものを献げよ。主への芳ばしい香りとして、全焼のささげ物、すなわち、若い雄牛一頭、雄羊一匹、傷のない一歳の雄の子羊七匹。3 それに添える穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉を、雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊一匹につき十分の二エパ、4 七匹の子羊については、一匹につき十分の一エパ。5 また、あなたがたのために宥めを行うには、罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。6 これとは別に、新月祭の全焼のささげ物とその穀物のささげ物、常供の全焼のささげ物とその穀物のささげ物、および、それらに添える注ぎのささげ物、すなわち、規定による、主への食物のささげ物、芳ばしい香り。7 この第七の月の十日には、あなたがたは聖なる会合を開き、自らを戒めなければならない。いかなる仕事もしてはならない。8 あなたがたは、主への芳ばしい香りとして、全焼のささげ物、すなわち、若い雄牛一頭、雄羊一匹、一歳の雄の子羊七匹を献げよ。それらはあなたがたにとって傷のないものでなければならない。9 それに添える穀物のささげ物については、油を混ぜた小麦粉を、雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊一匹につき十分の二エパとする。10 七匹の子羊については、一匹につき十分の一エパ。11 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、宥めのための罪のきよめのささげ物、常供の全焼のささげ物とそれに添える穀物のささげ物、および、それらに添える注ぎのささげ物とは別である。」

 

28章から、イスラエルの民が約束の地に入ってささげなければならないささげものの規定が記されてあります。これはすでに以前にも語られたことですが、ここでもう一度取り上げられているのは、新しい世代となったイスラエルの民が、約束の地に入ってからも忘れることがないためです。28章では常供のいけにえの他に、新月ごとにささげられるいけにえ、そして春の祭り、すなわち過ぎ越しの祭り、種なしパンの祭り、初穂の祭り、七週の祭りにおいてささげられるべきものについて語られました。この29章では、その例祭の続きですが、ここでは秋の祭りにおいてささげられるいけにえについて教えられています。それはラッパの祭り、贖いの日、仮庵の祭りの三つです。そしてこれらの祭りは何を指し示していたのかというと、キリストの再臨とそれに伴う解放、そしてそれに続く千年王国です。そのときにささげられるいけにえを表しています。

 

1節を見ると、第七の月の一日には聖なる会合を開かなければならないとあります。イスラエルには祭りが全部で七つありますが、それは過ぎ越しの祭りからスタートしました。なぜ過ぎ越しの祭りなのでしょうか。それは前回も触れたように、過ぎ越しの祭りが贖いを表していたからです。私たちの信仰のスタートは過ぎ越しの祭り、すなわち、キリストの十字架の贖いからスタートしなければなりません。そしてその年の七月の月の一日には、角笛(ラッパ)ガ吹き鳴らされると日としなければなりませんでした。これは何を表しているのかというと、キリストの再臨です。Ⅰテサロニケ4章16節には、「主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下ってこられます。」とあります。神のラッパが吹き鳴らされるとき、キリストが天から下って来られます。その時にも、同じように全焼のいけにえがささげられます。

 

7節には、「この第七の月の十日には、あなたがたは聖なる会合を開き、自らを戒めなければならない。いかなる仕事もしてはならない。」とあります。この日は贖罪日(ヨム・キプール、レビ記23:26~32)と言って、年に一度大祭司が至聖所に入って行き、イスラエルの民のために贖いをすることになっていました。この日は戒め、すなわち、断食をしなければなりません。そして、全焼のいけにえと穀物のささげもの、注ぎのささげものをささげなければなりませんでした。

 

ラッパを吹き鳴らされる日、キリストは教会のために再臨されます。そして、キリストにある者が一瞬のうちに空中に引き上げられ、空中で主と会うのです。まずキリストにある死者がよみがえり、次に、キリストを信じて生き残っている人々です。彼らはいっしょに引き上げられ、雲に包まれ、空中で主と会うのです。こうして彼らは、いつまでも主とともにいるようになるのです(Ⅰテサロニケ4:16)。

その一方でイスラエル人はどうなるのかというと、キリストにある者たちが空中に引き上げられると、主はオリーブ山に下りて来られます。その時この地上は患難時代を迎え、イスラエルはこれまでにないほどの苦難を受けますが、イスラエルのために戦ってくださるので、イスラエルの多くがイエスこそ待ち望んでいたメシヤ、キリストであることを知り、悔い改めのです。それが贖罪日です。このときイスラエルの贖いが完成します。これがローマ人への手紙9~11章で言われていることです。

ですから、これはキリストの再臨と、それに続くイスラエルの悔い改めのことを預言していたのです。

 

Ⅱ.仮庵の祭り(12)

 

次に12節をご覧ください。ここには、仮庵の祭りにおいてささげられるいけにえについて記されてあります。「12 第七の月の十五日には、あなたがたは聖なる会合を開かなければならない。いかなる労働もしてはならない。あなたがたは七日間、主の祭りを祝え。」

 

仮庵の祭りはもともと、イスラエルが約束の地に入るまで、神が彼らを守ってくださったことを祝う祭りです。この期間中、彼らは仮庵の中に住み、イスラエルを守られた神のことを思い起こしました。けれども、ここにも預言的な意味があります。主が再び来られ、そして神の国を立てられ、この地上に至福の千年王国を樹立されるのです。仮庵の祭りは、この千年王国を指し示していたのです。この祭りでは、一日ごとにたくさんのいけにえがささげられます。

 

Ⅲ.仮庵の祭りでささげるいけにえ(13-40)

 

それが13節から終わりまで記されてあることです。 「13 あなたがたは、主への芳ばしい香り、食物のささげ物として、全焼のささげ物、すなわち、若い雄牛十三頭、雄羊二匹、一歳の雄の子羊十四匹を献げよ。これらは傷のないものでなければならない。14 それに添える穀物のささげ物としては、油を混ぜた小麦粉を、雄牛十三頭については雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊二匹については雄羊一匹につき十分の二エパ、15 子羊十四匹については子羊一匹につき十分の一エパとする。16 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。17 二日目には、若い雄牛十二頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、18 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。19 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。20 三日目には、雄牛十一頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、21 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。22 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。23 四日目には、雄牛十頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、24 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。25 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。26 五日目には、雄牛九頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、27 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。28 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。29 六日目には、雄牛八頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、30 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。31 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。32 七日目には、雄牛七頭、雄羊二匹、傷のない一歳の雄の子羊十四匹、33 および、それらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物。34 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。35 八日目に、あなたがたはきよめの集会を開かなければならない。いかなる労働もしてはならない。36 あなたがたは、主への芳ばしい香り、食物のささげ物として、全焼のささげ物、すなわち、雄牛一頭、雄羊一匹、傷のない一歳の雄の子羊七匹を献げよ。37 それらの雄牛、雄羊、子羊のための、穀物のささげ物と注ぎのささげ物の数量は規定どおりである。38 さらに罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これらは、常供の全焼のささげ物と、それに添える穀物のささげ物、および注ぎのささげ物とは別である。39 あなたがたは、あなたがたの例祭に、それらのものを主に献げなければならない。それらは、あなたがたの誓願のささげ物、または進んで献げるものとしての全焼のささげ物、穀物のささげ物、注ぎのささげ物および交わりのいけにえとは別である。」40 モーセは、主がモーセに命じられたとおりを、イスラエルの子らに告げた。」

最初の日に全焼のいけにえとして雄牛13頭ささげられますが、二日目になると12頭になります(17)。そして七日目には7頭になります(32)。これは、最後の7に合わせて調整していたのかもしれません。35節を見ると、8日目には「きよめの集会」を開かなければならないとあります。仮庵の祭りの初めの七日間は、祭司が水を流して、ハレル詩篇を歌います。けれども8日目には水を流しません。荒野の生活を終えてすでに約束の地に入ったからです。約束の地に入り、そこで神が与えてくださるすべての恵みを享受することができたからです。

 

ヨハネの福音書7章37節には「さて、祭りの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の腹から、生ける水の川が流れ出るようになる。」とありますが、この「祭りの終わりの大いなる日」が、この仮庵の祭りの8日目のことです。この大いなる日に、イエスは立って、このように言われたのです。この「生ける水の川」とは、聖霊のことを指しています。キリストを信じる者には、生ける水の川が流れ出るようになります。イエスを信じた瞬間に神の聖霊が注がれ、神の恵みが注がれます。そしてやがてキリストが樹立する千年王国において、この約束が完全に成就するのです。

 

こうして仮庵の祭りには、いけにえがいつもよりも数多くささげられます。なぜでしょうか。それは仮庵の祭りが神の国を表しているからです。神の国では多くのいけにえがささげられます。つまり、神の国では絶え間なく礼拝がささげられるのです。この地上においても私たちは共に集まり主を礼拝していますが、やがてもたらされる栄光の神の国では毎日神に礼拝がささげられるのです。黙示録7章には神に贖われた神の民の姿が描かれていますが、そこにはこうあります。「9 その後、私は見た。すると見よ。すべての国民、部族、民族、言語から、だれも数えきれないほどの大勢の群衆が御座の前と子羊の前に立ち、白い衣を身にまとい、手になつめ椰子の枝を持っていた。10 彼らは大声で叫んだ。「救いは、御座に着いておられる私たちの神と、子羊にある。」11 御使いたちはみな、御座と長老たちと四つの生き物の周りに立っていたが、御座の前にひれ伏し、神を礼拝して言った。12 「アーメン。賛美と栄光と知恵と感謝と誉れと力と勢いが、私たちの神に世々限りなくあるように。アーメン。」13 すると、長老の一人が私に話しかけて、「この白い衣を身にまとった人たちはだれですか。どこから来たのですか」と言った。14 そこで私が「私の主よ、あなたこそご存じです」と言うと、長老は私に言った。「この人たちは大きな患難を経てきた者たちで、その衣を洗い、子羊の血で白くしたのです。15 それゆえ、彼らは神の御座の前にあって、昼も夜もその神殿で神に仕えている。御座に着いておられる方も、彼らの上に幕屋を張られる。16 彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽もどんな炎熱も、彼らを襲うことはない。17 御座の中央におられる子羊が彼らを牧し、いのちの水の泉に導かれる。また、神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。」」彼らは、神と小羊との前に立って、大声で叫んでこういうのです。「救いは、御座にある私たちの神にあり、小羊にあり。」「アーメン。賛美と栄光と知恵と感謝と誉れと力と勢いが、永遠に私たちの神にあるように。アーメン。」

 

天国は、絶え間なく神への礼拝がささげられるところなのです。ですから、礼拝したくないという人は天国に入ることはできません。入っても苦痛に感じるからです。けれども、神に贖われたクリスチャンにとってはそうではありません。神に与えられた聖霊によって、喜びと感謝をもって私たちの救い主なる神に感謝し、賛美をささげるようになります。私たちの持っているすべてをもって神をほめたたえるのです。それがやがて来る神の国で私たちが行うことなのです。仮庵の祭りでそれほど多くのささげものがささげられるのは、そのことを表していたからです。

 

このように、イスラエルは約束の地に入り相続地を得ても、いや得たからこそ、主を礼拝しなければならなかったのです。これは私たちクリスチャンにも言えることです。私たちはすでに約束のものを手にしているのですから、積極的に自分を主におゆだねすることによって、それを自分のものとして本当に楽しむことができます。ささげることなしに、この霊的な交わりは起こりません。イスラエルのように、私たちも大胆に、主におささげする者となりましょう。

民数記28

 

きょうは、民数記28章を学びます。

 

Ⅰ.主へのささげもの(1-8)

 

まず1節から8節までをご覧ください。「1 主はモーセに告げられた。2 「イスラエルの子らに命じて彼らに言え。あなたがたは、わたしのための食物、わたしへのささげ物を、わたしへの食物のささげ物、芳ばしい香りとして、定められた時に確実にわたしに献げなければならない。3 彼らに言え。これがあなたがたが主に献げる食物のささげ物である。傷のない一歳の雄の子羊を、毎日二匹、常供の全焼のささげ物として。4 一方の子羊を朝献げ、もう一方の子羊を夕暮れに献げなければならない。5 穀物のささげ物として、上質のオリーブ油四分の一ヒンを混ぜた小麦粉十分の一エパ。6 これはシナイ山で定められた、常供の全焼のささげ物であり、主への食物のささげ物、芳ばしい香りである。7 それに添える注ぎのささげ物は、子羊一匹につき四分の一ヒンとする。聖所で、主への注ぎのささげ物として強い酒を注ぎなさい。8 もう一方の子羊は夕暮れに献げなければならない。朝の穀物のささげ物、および、それに添える注ぎのささげ物と同じものを、これに添えて献げなければならない。これは主への食物のささげ物、芳ばしい香りである。」

 

ここには、イスラエルの民が約束の地に入ってから、ささげなければならないささげものの規定が記されてあります。このささげものの規定については15章でも語られましたが、ここで再び語られます。なぜそんなに繰り返して記されてあるのでしょうか。なぜなら、このことがとても重要なことだからです。イスラエルが約束に地に入ってからどうしても忘れてはならなかったこと、それは彼らをエジプトから贖い出してくださった神を覚えることでした。私たちはすぐに忘れがちな者ですが、そのような中にあっても忘れることがないように、何度も何度も繰り返して語られているのです。しかも、ここでは語られている対象が変わっています。エジプトを出た20歳以上の男子はみなヨシュアとカレブ以外全員死んでしまいました。彼らは神のみことばに従わなかったので荒野で息絶えてしまったのです。今そこにいるのは新しい世代です。以前はまだ小さくて神のことばを聞いたことがなかった子どもたちが、大きく成長していました。彼らが約束の地に入るのです。そんな彼らが忘れてはならなかったのは、彼らの父祖たちが経験した神の恵みを忘れないことだったのです。

 

ここで主は、ご自身への芳ばしい香りとして、神への食物のささげ物をささげるようにと命じています。それは三つの種類がありました。一つは全焼のいけにえであり、もう一つは穀物のささげものです。そしてもう一つが注ぎのささげ物です。全焼のいけにえは、小羊をすべて祭壇の上で焼きます。穀物のささげものは、油をまぜた小麦粉です。そして、注ぎのささげ物はぶどう酒です。全焼のいけにえをささげ、このいけにえに穀物のささげものと注ぎのささげものを供えたのです。これらは常供のいけにえです。常供のいけにえとは、日ごとにささげるいけにえのことで、それは毎日、朝と夕にささげなければなりませんでした。

 

それにしても、ここには、「わたしへの食物のささげ物を、定められた時に、確実にささげなければならない」とあります。どういうことでしょうか?主はこのささげ物を食べるというのでしょうか?主は私たちからのこのようなささげ物を必要としているのでしょうか?そういうことではありません。それは、神によって罪の中から贖い出された者としてこの恵みに応答し、感謝して生きるためでした。

 

パウロは新約聖書の中でこのように言っています。「ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。」(ローマ12:1)

「ですから」とは、それまで語られてきたことを受けてのことです。そこには、神の恵みにより、キリスト・イエスを信じる信仰によって、価なしに義と認められたということが語られてきました。そのように神の一方的な恵みによって罪から救われたクリスチャンに求められていることは、自分を神にささげることなのです。これこそ、霊的な礼拝です。神の喜びのために生きるということであります。神が求めておられるのは私たちの何かではなく、私たち自身なのです。私たちのすべてであります。私たち自身が神と一つとなり、私たちを通して主の栄光があがめられること、主はそれを求めておられるのです。それが主の喜びなのです。そして、それが現される手段が礼拝であり、ささげ物なのです。その時、私たち自身にも究極的な喜びがもたらされるのです。

 

今週の礼拝のメッセージはテモテ第二の手紙4章からでしたが、その中でパウロは、「私は今や注ぎの供え物となります。」(4:6)言っています。彼はそのように生きていたということです。彼の生涯は、自分のすべてを主にささげる生涯でした。彼は全く主に自分をささげていたのです。これを「献身」といいます。主が求めておられたのはこの「献身」だったのです。イスラエルは今神が約束してくださった地に入ろうとしていました。そんな彼らに求められていたことは、主に自分自身をささげるということだったのです。

 

Ⅱ.安息日ごとのささげもの(9-10)

 

次に9節と10節をご覧ください。「9 安息日には、傷のない一歳の雄の子羊二匹と、穀物のささげ物として油を混ぜた小麦粉十分の二エパと、それに添える注ぎのささげ物。10 これは、安息日ごとの全焼のささげ物で、常供の全焼のささげ物とそれに添える注ぎのささげ物に加えられる。」

 

ここには、安息日ごとのささげものについて記されてあります。安息日ごとのささげものは、常供のいけにえの他に加えてささげられるものです。ここで大切なのは「加えて」ということばです。プラスしてということですね。私たちは日毎に主の御前に出ていかねばなりませんが、安息日(主の日)にはそれにプラスして主の前に出て行かなければなりませんでした。毎日礼拝していればそれでいいということではなく、安息日を覚えそれを聖なる日としなければならなかったのです。毎日礼拝していればなおのこと、安息日(主の日)を大切にして、それに加えて主の前に出て行かなければならなかったのです。それは、毎日忙しいので安息日だけは礼拝するというのとも違います。安息日が、常供のささげものを代用することはできません。ですから、主の日に礼拝すれば自分の務めを果たしているということではなく、それは日ごとの礼拝の他にささげられるものであり、むしろ日毎の礼拝の延長に、他の信者と集まっての礼拝があると言えるのです。

 

Ⅲ.新月の祭り(11-15)

 

次に、新月の祭りについてです。11節から15節までをご覧ください。「11 あなたがたは月の最初の日に、次のものを献げなければならない。主への全焼のささげ物として、若い雄牛二頭、雄羊一匹、傷のない一歳の雄の子羊七匹。12 雄牛一頭につき、穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉十分の三エパ。雄羊一匹につき、穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉十分の二エパ。13 子羊一匹につき、穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉十分の一エパ。これらが主への全焼のささげ物、芳ばしい香り、食物のささげ物である。14 それに添える注ぎのささげ物は、雄牛一頭につき二分の一ヒン、雄羊一匹につき三分の一ヒン、子羊一匹につき四分の一ヒンのぶどう酒でなければならない。これは一年を通して毎月の、新月祭の全焼のささげ物である。15 主への罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹。これは、常供の全焼のささげ物とそれに添える注ぎのささげ物に加えられる。」

 

今度は、月の最初の日、つまり新月に献げるささげ物についてです。これは民数記で新しく出てきた規定です。新月のささげものは全焼のいけにえが中心ですが、罪のきよめのいけにえもささげられます(15)。しかしそれは全焼のいけにえと比べると非常に少ないことがわかります。この後のところに、例年行う祭りのささげ物の規定が出てきますが、そこでも同じです。罪のためのいけにえが、全焼のいけにえと比べて圧倒的に少なくなっています。どうしてでしょうか?

それは、礼拝とは「悔い改めにいくところ」ではないからです。毎日の生活で罪を犯してしまうので、その罪が赦されるために礼拝に行くのではありません。勿論、悔い改めは重要なことですが、それが礼拝の中心ではないのです。礼拝とは自分自身を主にささげることであり、そこにある喜びと平和、そして聖霊による神の臨在を楽しむところなのです。イスラエルの民は新しく入るそのところで、自分たちを愛し、そのように導いてくださった主を覚え、日ごとに、また週ごとに、そして月ごとに、すなわち、いつも主と交わり、主が良くしてくださったことを覚えて、主に心からの感謝をささげなければならなかったのです。

 

Ⅳ.春の祭り(16-31)

 

最後に、春の祭りの規定を見ておわりたいと思います。16~25節までをご覧ください。「16 第一の月の十四日は、過越のいけにえを主に献げなければならない。17 この月の十五日は祭りである。七日間、種なしパンを食べなければならない。18 その最初の日には、聖なる会合を開く。いかなる労働もしてはならない。19 あなたがたは、主への食物のささげ物、全焼のささげ物として、若い雄牛二頭、雄羊一匹、一歳の雄の子羊七匹を献げなければならない。それはあなたがたにとって傷のないものでなければならない。20 それに添える穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉を、雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊一匹につき十分の二エパとする。21 子羊七匹については、一匹につき十分の一エパとする。22 あなたがたのために宥めを行うには、罪のきよめのささげ物として、雄やぎ一匹とする。23 常供の全焼のささげ物である朝の全焼のささげ物のほかに、これらのものを献げなければならない。24 このように七日間、主への芳ばしい香り、食物のささげ物のパンを、毎日、献げなければならない。これは常供の全焼のささげ物とその注ぎのささげ物に加えて献げられなければならない。25 七日目にあなたがたは聖なる会合を開かなければならない。いかなる労働もしてはならない。26 初穂の日、すなわち七週の祭りに、新しい穀物のささげ物を主に献げるときには、聖なる会合を開かなければならない。いかなる労働もしてはならない。27 あなたがたは、主への芳ばしい香りとして、全焼のささげ物、すなわち、若い雄牛二頭、雄羊一匹、一歳の雄の子羊七匹を献げよ。28 さらに、それに添える穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉を、雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊一匹につき十分の二エパ。29 七匹の子羊については、一匹につき十分の一エパ。30 あなたがたのために宥めを行うには、雄やぎ一匹とする。31 常供の全焼のささげ物とそれに添える穀物のささげ物とは別に、これらのものを、それらに添える注ぎのささげ物とともに献げなければならない。それらは傷の」

 

例祭、すなわち、毎年恒例の祭りは、過越の祭りからはじまりました。これがユダヤ人にとってのスタートだったのです。なぜ過越の祭りなのでしょうか?それは、これが贖いを表していたからです。私たちの信仰も贖いから始まります。だから、過ぎ越しの小羊を覚え、それを感謝しなければなりません。それは十字架に付けられたイエス・キリストを示しているからです。新約聖書、ペテロの手紙にこうあります。「ご承知のように、あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。」(1ペテロ1:18-19)

これが私たちの信仰の土台です。それは新しいイスラエルの民が、新しい約束の地に入ってからも変わりません。彼らはこれまでと同じように、まず過ぎ越しの祭りから始めなければならなかったのです。

 

そして、この過ぎ越しの祭りに続いて、種なしパンの祭りが行われました(17)。その時彼らは種を入れないパンを食べなければなりませんでした。なぜでしょうか?罪が赦されたからです。キリストの血によって罪が赦され、罪が取り除かれました。もうパン種がなくなったのです。だから、古いパン種で祭りをしたりしないで、パン種の入らないパンで祭りをしなければなりません。第一コリント5章7~8節で言われていることはこのことです。「7 新しいこねた粉のままでいられるように、古いパン種をすっかり取り除きなさい。あなたがたは種なしパンなのですから。私たちの過越の子羊キリストは、すでに屠られたのです。8 ですから、古いパン種を用いたり、悪意と邪悪のパン種を用いたりしないで、誠実と真実の種なしパンで祭りをしようではありませんか。」これが種を入れないパンの祭りです。それは、キリストによって罪が取り除かれたことを祝う祭りのことだったのです。

 

次は、初穂の祭り、すなわち、七週の祭りです。26節から31節をご覧ください。「26 初穂の日、すなわち七週の祭りに、新しい穀物のささげ物を主に献げるときには、聖なる会合を開かなければならない。いかなる労働もしてはならない。27 あなたがたは、主への芳ばしい香りとして、全焼のささげ物、すなわち、若い雄牛二頭、雄羊一匹、一歳の雄の子羊七匹を献げよ。28 さらに、それに添える穀物のささげ物として、油を混ぜた小麦粉を、雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊一匹につき十分の二エパ。29 七匹の子羊については、一匹につき十分の一エパ。30 あなたがたのために宥めを行うには、雄やぎ一匹とする。31 常供の全焼のささげ物とそれに添える穀物のささげ物とは別に、これらのものを、それらに添える注ぎのささげ物とともに献げなければならない。それらは傷のないものでなければならない。」

 

初穂の祭りは、過ぎ越しの祭りの三日目、つまり、過ぎ越しの祭りの後の最初の日曜日に行われました。これはキリストの復活を示しています。キリストは過越の祭りの時に十字架で死なれ、墓に葬られました。そして安息日が終わった翌日の日曜日に復活されました。日曜日の朝早く女たちが、イエスのからだに香料を塗ろうと墓にやって来くると、墓の石は取り除かれていました。そこに御使いがいて、女たちにこう言いました。「この方はここにはおられません。よみがえられたのです。」そうです、初穂の祭りは、イエス・キリストの復活を指示していたのです。使徒パウロはこう言いました。Ⅰコリント15章20節です。「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。」

キリストは、私たちのために死んでくださり、その血によって罪を赦し、きよめてくださっただけではなく、よみがえってくださいました。よみがえって、今も生きておられます。そのことを覚えて、主に感謝のいけにえをささげるのです。それが全焼のいけにえ、穀物のささげもの、そして注ぎのささげ物です。

 

それは初穂の日だけではありません。ここには七週の祭りに、とあります。これが「ペンテコステ」です。ペンテコステにもささげ物をささげなければなりませんでした。それは聖霊が天から下られたことを記念する祭りです。もちろん、ユダヤ人にとってはこれが何を意味しているのかはわからなかったと思いますが・・・。

 

このように、イスラエルが約束の地に入ってからも忘れずに行わなければならなかったことは、火による全焼のいけにえ、穀物のささげ物、そして注ぎのささげ物をささげることでした。それは神への献身、神への感謝を表すものです。これが、イスラエルが約束の地に入るための備えだったのです。約束の地に入るイスラエル人にとって求められていたことは、神へのいけにえをささげていつも神を礼拝し、神と交わり、神に感謝し、神の恵みを忘れないだけでなく、その神の恵みに応答して、自分のすべてを主におささげすることだったのです。日ごとに、朝ごとに、そして夕ごとに。また、週ごとに、新しい月ごとに、その節目、節目に、主が成してくださったことを覚えて感謝し、その方を礼拝することが求められていたのです。

 

あなたはどうですか?新しい地に導かれた者として、いつも主を礼拝し、主に心からの感謝をささげているでしょうか?神があなたのためにしてくださった奇しい御業を覚えて、いつも主に感謝し、心からの礼拝をささげましょう。

民数記27章

民数記27章

 

きょうは、民数記27章から学びたいと思います。前回の学びで、モーセとアロンがシナイの荒野で登録したときのイスラエル人はみな荒野で死に、ヨシュアとカレブのほかには、だれも残っていなかったという現実を見ました。残された民が、神が約束してくだった地を相続します。そして、その相続の割り当てについて語られました。すなわち、大きい部族にはその相続地を多くし、小さい部族にはその相続地を少なくしなければならないということです。きょうの箇所には、その相続に関する神様のあわれみが示されます。

 

Ⅰ.ツェロフハデの娘たち(1-11)

 

まず1節から11節までをご覧ください。「1 さて、ヨセフの子マナセの一族のツェロフハデの娘たちが進み出た。ツェロフハデはヘフェルの子、ヘフェルはギルアデの子、ギルアデはマキルの子、マキルはマナセの子であり、その娘たちの名はマフラ、ノア、ホグラ、ミルカ、ティルツァであった。:2 彼女たちは、モーセの前、祭司エルアザルの前、また族長たちと全会衆の前、すなわち会見の天幕の入り口に立って言った。:3 「私たちの父は荒野で死にました。父は、コラの仲間と一緒になって、主に逆らったあの仲間たちには加わらず、自分の罪過によって死んだのです。しかし、父には息子がいませんでした。4 息子がいなかったからといって、なぜ私たちの父の名がその氏族の間から削られるのでしょうか。私たちにも、父の兄弟たちの間で所有地を与えてください。」5 そこでモーセは、彼女たちの訴えを主の前に差し出した。6 すると主はモーセに告げられた。7 「ツェロフハデの娘たちの言い分はもっともだ。あなたは必ず彼女たちに、その父の兄弟たちの間で、相続の所有地を与えよ。彼女たちに、その父の相続地を渡せ。8 あなたはイスラエルの子らに語れ。人が死に、その人に息子がいないときは、あなたがたはその相続地を娘に渡さなければならない。9 もし娘もいないときには、その相続地を彼の兄弟たちに与えよ。10 もし兄弟たちもいないときには、その相続地を彼の父の兄弟たちに与えよ。11 もしその父に兄弟がいないときには、その相続地を、彼の氏族の中で彼に一番近い血縁の者に与え、それを受け継がせよ。これは、主がモーセに命じられたとおり、イスラエルの子らにとってさばきの掟となる。」」

 

ここに、ヨセフの子のマナセの一族のツェロフハデの娘たちが出てきます。彼女たちは、モーセと祭司エルアザル、族長たちと全会衆との前、会見の天幕の入り口に立って、自分たちにも所有地を与えてくださいと言いました。どういうことでしょうか?26章33節には、ツェロフハデの娘たちの名前が記されてあります。彼女たちの父ツェロフハデには息子がなく、娘たちしかいませんでした。ということは、ツェロフハデには何一つ相続地が与えられないということになります。ですから、彼女たちは、そのことによって相続地が与えられないのはおかしい、とモーセに訴えたのです。

 

これに対して主は何と言われたでしょうか。6節です。主は、この訴えは正しいと言われました。そして主は彼女たちの訴えに基づいて、父が子を残さなかったときについての相続の教えを与えられました。子がいないという理由で相続地がないということがあってはならないというのです。その相続地を娘たちに与えなければなりませんでした。娘たちもいなければ、それを彼の兄弟たちに、兄弟がいなければ、それを氏族の中で彼に一番近い血縁の者に与えてそれを受け継がせなければなりません。

 

これはどういうことでしょうか?このことについては、おもしろいことに、ここで話が終わっていません。36章を見ると、マナセ族の諸氏族のかしらたちがモーセのところにやって来て、この娘たちが他の部族のところにとついだならば、マナセ族の相続地が他の部族のものとなってしまうので、彼女たちはマナセ族の男にとつぐようにさせてください、と訴えているのです。そしてその訴えを聞いたモーセは「それはもっともである」と、彼女たちは父の部族に属する氏族にとつがなければならないと命じます。そのようにして、イスラエルの相続地は一つの部族から他の部族に移らないようにし、おのおのがその相続地を堅く守るようにさせました。そして民数記は、この娘たちは主が命じられたとおりに行ったことを記録して終わるのです。

 

つまり彼女たちの行為は信仰によるものであって、約束のものを得るときのモデルになっているのです。そうでなければ、このことをモーセが記録するはずがありません。主がアブラハムの子孫にこの地を与えると約束されたので、彼女たちはその約束を自分のものとしたいと願いましたが、相続するためには男子でなければなりません。しかし、そうした障害にも関わらず、彼女たちは主の前に進み出て大胆に願い出ました。ここがポイントです。ここが、私たちが彼女たちに見習わなければいけないところです。つまり私たちはその約束にある祝福を、自分たちの勝手な判断であきらめたりしないで、彼女たちのように信仰によって大胆に願い求めなければならないということです。

 

マタイの福音書15章に登場するツロ・フェニキヤの女もそうでした。「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外のところには遣わされていません。」「子どもたちのパンくずを取り上げて、子犬にやるのはよくないことです。」と言われた主イエスに対して、彼女は、「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」(マタイ15:27)と言いました。そして、そのとおりになりました。信仰をもって、あきらめないで願い出るなら、主は惜しみなく与えてくださるのです。もちろん、その願いは自己中心的なものではなく、主のみこころにかなったものであることが重要ですが、しかし、あまりにもそれを考えすぎるあまり求めることをしなければ、何も得ることはできません。「求めなさい。そうすれば、与えられます。」(マタイ7:7)私たちは、キリストにあってすべてのものを施してくださる神の約束を信じて、神に求める者でありたいと願わされます。

 

Ⅱ.モーセの死(12-14)

 

次に12節から14節までをご覧ください。「12 主はモーセに言われた。「このアバリム山に登り、わたしがイスラエルの子らに与えた地を見よ。13 それを見て、あなたもまた、あなたの兄弟アロンが加えられたのと同じように、自分の民に加えられる。14 ツィンの荒野で会衆が争ったとき、あなたがたがわたしの命令に逆らい、彼らの見ている前で、あの水のところで、わたしが聖であることを現さなかったからである。」これはツィンの荒野のメリバテ・カデシュの水のことである。」

 

これは、モーセも他のイスラエルの民と同様に約束の地に入ることができないという、厳粛な主の宣告です。この宣告は、イスラエルの民以上に彼自身にとってどんなに辛かったことでしょうか。モーセはこの120年間、ただイスラエルの民がエジプトから解放され、約束の地に導くという神から与えられた使命に生きてきました。その約束の地こに入ることはできないのです。なぜでしょうか?それは14節にあるように、ツィンの荒野で会衆が争ったとき、主の命令に従わなかったからです。

 

どういうことでしょうか?もう一度民数記20章を振り返ってみましょう。これはイスラエルがエジプトを出て40年目にツィンの荒野までやって来たときのことです。もうすぐ約束の地に入るという直前のことです。そこでモーセの姉ミリヤムが死にました。そこには水がなかったので、彼らはモーセとアロンに逆らって言いました。それで主はモーセの杖を取って、彼らの目の前で岩に命じるようにと言われました。そのようにすれば、岩は水を出す・・・と。ところが、モーセは主の命令に背き、岩に命じたのではなく、岩を二度打ってしまいました。それで主はモーセとアロンに、彼らが主を信じないでイスラエルの人々の前で聖なる者としなかったので、彼らは約束の地に入ることができないと言われたのです。

 

Ⅰコリント10章4節には、この岩がキリストのことであると言われています。その岩から飲むとは、キリストにあるいのちを受けることを示しています。そのためには、その岩に向かってただ命じればよかったのです。しかし、彼は岩を打ってしまいました。モーセとアロンは、主が仰せになられたことに従いませんでした。彼は自分の思い、自分の感情、自分の方法に従ったのです。それは信仰ではありません。それゆえに、彼らは約束の地に入ることはできないと言われたのです。あまりにも厳しい結果ですが、これが信仰なのです。信仰とは、神のことばに従うことです。そうでなければ救われることはありません。私たちが救われるのはただ神のみことばを信じて受け入れること以外にはないのです。御霊の岩であるイエスを信じる以外にはありません。彼らは神と争い、神の方法ではなく自分の方法によって水を得ようとしたので約束の地に入ることができませんでした。それは他のイスラエルも同様です。彼らもまた不信仰であったがゆえに、だれひとり約束の地に入ることができませんでした。ただヨシュアとカレブだけが入ることができました。彼らだけが神の約束を信じたからです。神の約束を得るために必要なのは、ただ神のことばに聞き従うということしかないのです。

 

Ⅲ.モーセの後継者(15-23)

 

しかし、話はそれで終わっていません。それでモーセは主に申し上げます。15節から23節までをご覧ください。「15 モーセは【主】に言った。16 「すべての肉なるものの霊をつかさどる神、主よ。一人の人を会衆の上に定め、17 彼が、彼らに先立って出て行き、先立って入り、また彼らを導き出し、導き入れるようにしてください。主の会衆を、羊飼いのいない羊の群れのようにしないでください。」18 主はモーセに言われた。「あなたは、神の霊の宿っている人、ヌンの子ヨシュアを連れて来て、あなたの手を彼の上に置け。19 彼を祭司エルアザルの前に、また全会衆の前に立たせ、彼らの目の前で彼を任命せよ。20 あなたは、自分の権威を彼に分け与え、イスラエルの全会衆を彼に聞き従わせよ。21 彼は祭司エルアザルの前に立ち、エルアザルは主の前で、ウリムによるさばきを自分のために伺わなければならない。ヨシュアと彼とともにいるイスラエルの子らのすべての者、すなわち全会衆は、エルアザルの命令によって出、また、彼の命令によって入らなければならない。」22 モーセは主が命じられたとおりに行った。ヨシュアを連れて来て、彼を祭司エルアザルと全会衆の前に立たせ、23 自分の手を彼の上に置いて、主がモーセを通して告げられたとおりに任命した。」

 

モーセは自分が約束の地に入れないことを思い、であれば、イスラエルの民がそこに入って行くことができるように、だれか他のリーダーを立ててくださいと言いました。そうでなかったら、彼らは羊飼いのいない羊のようにさまよってしまうことになるからです。皆さん、羊飼いのいない羊がどうなるかをご存知でしょうか?羊飼いのいない羊はどこに行ったらよいのかがわからずさまよってしまうため、結果、きちんと食べることもできずに死んでしまいます。それは霊的にも同じです。牧者がいない羊たちは、めいめいが勝手なことをするようになり、その結果、滅んでしまうことになります。士師記を見るとよくわかります。彼らは指導者がいなかったときめいめいが勝手なことをしたため霊的に弱くなり、たえず敵に脅かされてしまいます。それで彼らが叫ぶと主はさばき司を送られたので立ち直ることができました。ですから、リーダーがいないということは群れにとっては致命的なことなのです。モーセはそのことを心配していました。

 

それに対して主は何と言われたでしょうか。主はモーセに、ヌンの子ヨシュアを取り、彼の上に手を置き、彼を祭司エルアザルと全会衆の前に立たせ、彼らの見ているところで彼をその務めに任命するように、と言われました。

 

主はヨシュアを、モーセの後継者としてお選びになりました。主はヨシュアが「神の霊の宿っている人」と言っています。ヨシュアにはどのように神の霊が宿っていたのでしょうか?このヨシュアについてそのもっとも特徴的な表現は、出エジプト記24章13節の、「モーセとその従者ヨシュアは立ち上がり」という表現です。彼はいつもモーセのそばにいて、彼に従い、彼を助けていました。出エジプト記17章には、イスラエルがエジプトを出て荒野を放浪していたときアマレクと戦わなければなりませんでしたが、その実働部隊を率いたのがこのヨシュアでした。また、彼はあのカデシュ・バルネヤから12人のスパイを遣わした時にもその中にもいて、カレブとともに他の10人の偵察隊が不信仰に陥って嘆いても、「ぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」と進言しました。彼は特にめざましい働きをしていたわけではありませんでしたが、常にモーセのそばにいて、モーセの助手として彼を支え、彼に仕えていたのです。いわば彼はモーセのかばん持ちだったわけです。モーセに言われたことを行ない、モーセが猫の手を借りたいときには猫の手になり、難しい仕事も不平を言わずにこなし、とにかくモーセを助けていました。Ⅰコリント11章28節には、「助ける者」という賜物がありますが、ヨシュアにはこうした助けの賜物が与えられていました。ですから、ヨシュアこそモーセの後継者としてふさわしい人物だったのです。

 モーセは主が命じられたとおりに行ないました。彼はヨシュアを取って、彼を祭司エルアザルと全会衆の前に立たせ、自分の手を彼の上に置いて、主がモーセを通して告げられたとおりに彼を任命しました。彼は約束の地に入ることはできませんでしたが、アバリム山に登り、イスラエル人に与えられた約束の地を見て、その後を後継者にゆだねたのでした。

民数記26章

きょうは、民数記26章から学びます。

Ⅰ.人口調査をせよ(1-4a,52-56)

 まず1節と2節をご覧ください。1節、2節にはこうあります。「1 この主の罰の後のことであった。主はモーセと祭司アロンの子エルアザルに告げられた。2 「イスラエルの全会衆について、一族ごとに、二十歳以上で、イスラエルで戦に出ることができる者すべての頭数を調べなさい。」」

「この主の罰」とは、25章で見た神罰のことです。バラムの企みによってイスラエルにモアブの女たちを忍び込ませ不品行を行い、偶像礼拝を行ったことで、なんとイスラエル人二万四千人が死にました。その神罰の後に、主はモーセと祭司エルアザルに、イスラエルの全会衆の中から父祖の家ごとに、二十歳以上で、イスラエルで戦いに出ることのできる者すべての人口調査をするようにと命じられました。いったいなぜ神はこのようなことを命じられたのでしょうか。

人口調査については、この民数記の1章ですでに行われました。それはエジプトを出て二年目の第二の月のことでしたが、イスラエルがシナイの荒野に宿営していたとき、やはり氏族ごとに二十歳以上の男子で、戦いに出ることができる人数が数えられたのです。それは戦うためでした。戦うためには軍隊を整えなければなりません。それで主はイスラエルの軍隊を組織させ、その戦いに備えさせたのです。部族ごとにリーダーが立てられ、それぞれの人数が数えられました。しかし、ここではそのためではありません。あれから38年が経ち、イスラエルは今ヨルダン川の東側までやって来ました。彼らはもうすぐ約束の地に入るのです。いわば荒野での戦いは終わりました。それなのに、いったいなぜ人口を調査する必要があったのでしょうか。

それは約束の地に入るために備えるためです。52~56節までをご覧ください。「52 主はモーセに告げられた。53 「これらの者たちに、その名の数にしたがって、地を相続地として割り当てなければならない。54 大きい部族にはその相続地を大きくし、小さい部族にはその相続地を小さくしなければならない。それぞれ登録された者に応じて、その相続地は与えられる。55 ただし、その地はくじで割り当てられ、彼らの父祖の部族の名にしたがって受け継がれなければならない。56 その相続地は、大部族と小部族の間で、くじによって決められなければならない。」
ここには、これから入る約束の地において、その地をそれぞれの部族の数にしたがって相続するようにと命じられています。大きい部族には大きい相続地を、小さい部族にはその相続地を少なくしました。彼らはその人数によって相続地を割り当てたのです。

このように、主は荒野で戦いに備える前に人口を調査し、今度は約束の地に入るための準備として相続地を割り当てるために人口調査をしたのです。それは決して自らの数を誇るためではありませんでした。これから先の行動に備えるためだったのです。彼らが約束の地に入るには、まだ先住民と戦わなければなりませんでした。その後で相続地の割り当てが行われます。しかし主はそれに先立ち、すでにこの時点で相続地の分割を考えておられたのです。それはまさに先取りの信仰ともいえるものです。主の約束に従い、それを信じて今それを行っていくのです。そうなると信じて、たとえ今はそうでなくとも、そのように行動していかなければならないのです。

Ⅱ.イスラエルの人口(4b-51,57-62)

さて、そのイスラエルの人口ですが、38年前(民数記2章)と比較してどうなったでしょうか。5節から51節までにそれぞれの部族の人口が記録してあります。「5 イスラエルの長子ルベン。ルベン族は、ハノクからはハノク族、パルからはパル族、6 ヘツロンからはヘツロン族、カルミからはカルミ族。7 これらがルベン人諸氏族で、登録された者は、四万三千七百三十人であった。8 パルの子孫はエリアブ。9 エリアブの子はネムエル、ダタン、アビラム。このダタンとアビラムは会衆から召し出された者であったが、コラの仲間としてモーセとアロンに逆らい、主に逆らった。10 そのとき、地は口を開けて、コラとともに彼らを呑み込んだ。それは、その仲間たちが死んだときのこと、火が二百五十人の男を食い尽くしたときのことである。こうして彼らは警告のしるしとなった。11 ただし、コラの子たちは死ななかった。
12 シメオン族の諸氏族は、それぞれ、ネムエルからはネムエル族、ヤミンからはヤミン族、ヤキンからはヤキン族、13 ゼラフからはゼラフ族、シャウルからはシャウル族。14 これらがシメオン人諸氏族で、登録された者は、二万二千二百人であった。
15 ガド族の諸氏族は、それぞれ、ツェフォンからはツェフォン族、ハギからはハギ族、シュニからはシュニ族、16 オズニからはオズニ族、エリからはエリ族、17 アロデからはアロデ族、アルエリからはアルエリ族。18 これらがガド人諸氏族で、登録された者は、四万五百人であった。
19 ユダの子はエルとオナン。エルとオナンはカナンの地で死んだ。20 ユダ族の諸氏族は、それぞれ、シェラからはシェラ族、ペレツからはペレツ族、ゼラフからはゼラフ族。21 ペレツ族は、ヘツロンからはヘツロン族、ハムルからはハムル族であった。22 これらがユダ諸氏族で、登録された者は、七万六千五百人であった。
23 イッサカル族の諸氏族は、それぞれ、トラからはトラ族、プワからはプワ族、24 ヤシュブからはヤシュブ族、シムロンからはシムロン族。25 これらがイッサカル諸氏族で、登録された者は、六万四千三百人であった。
26 ゼブルン族の諸氏族は、それぞれ、セレデからはセレデ族、エロンからはエロン族、ヤフレエルからはヤフレエル族。26:27 これらがゼブルン人諸氏族で、登録された者は、六万五百人であった。
26:28 ヨセフ族の諸氏族は、それぞれ、マナセとエフライム。29 マナセ族は、マキルからはマキル族。マキルはギルアデを生んだ。ギルアデからはギルアデ族。30 ギルアデ族は次のとおりである。イエゼルからはイエゼル族、ヘレクからはヘレク族、31 アスリエルからはアスリエル族、シェケムからはシェケム族、32 シェミダからはシェミダ族、ヘフェルからはヘフェル族。:33 ヘフェルの子ツェロフハデには息子がなく、娘だけであった。ツェロフハデの娘の名は、マフラ、ノア、ホグラ、ミルカ、ティルツァであった。34 これらがマナセ諸氏族で、登録された者は、五万二千七百人であった。
35 エフライム族の諸氏族は、それぞれ、次のとおりである。シュテラフからはシュテラフ族、ベケルからはベケル族、タハンからはタハン族。36 シュテラフ族は次のとおりである。エランからはエラン族。37 これらがエフライム人諸氏族で、登録された者は、三万二千五百人であった。これがヨセフ族の諸氏族である。
26:38 ベニヤミン族の諸氏族は、それぞれ、ベラからはベラ族、アシュベルからはアシュベル族、アヒラムからはアヒラム族、39 シュファムからはシュファム族、フファムからはフファム族。40 ベラの子はアルデとナアマン。アルデからはアルデ族、ナアマンからはナアマン族。41 これらがベニヤミン族の諸氏族で、登録された者は、四万五千六百人であった。
42 ダン族の諸氏族は次のとおりである。シュハムからはシュハム族。これらがダン族の諸氏族である。43 シュハム人の全諸氏族で、登録された者は、六万四千四百人であった。
44 アシェル族の諸氏族は、それぞれ、イムナからはイムナ族、イシュウィからはイシュウィ族、ベリアからはベリア族。45 ベリア族のうち、ヘベルからはヘベル族、マルキエルからはマルキエル族。46 アシェルの娘の名はセラフであった。47 これらがアシェル人諸氏族で、登録された者は、五万三千四百人であった。
48 ナフタリ族の諸氏族は、それぞれ、ヤフツェエルからはヤフツェエル族、グニからはグニ族、49 エツェルからはエツェル族、シレムからはシレム族。50 これらがナフタリ族の諸氏族で、登録された者は、四万五千四百人であった。
51 以上が、イスラエルの子らの登録された者で、六十万一千七百三十人であった。」

まずルベン族は、43,730人です。38年前のシナイの荒野にいた時は46,500人でしたから、2,770人少なくなっています。ここには、16章のコラの事件に加担した者ダタンとアビラムの名前があります。彼らはこのルベン族に属する者たちでした。ダタンとアビラムは会衆に選ばれた者でしたが、コラ(レビ族ケハテの子)の仲間に入り、モーセとアロンに逆らい、主に逆らったのです。その結果、彼らはコラとともに滅びました。ただし、コラの子らは死にませんでした。2,770人少ないというのは、こうしたことが影響したいものと思われます。

次は、シメオン族です。シメオン族で登録された者は、22,200人でした。シナイの荒野にいた時は59,300人でしたので、半分以下になりました。

次は、ガド族です。ガド族で登録された者は、40,500人でした。シナイの荒野にいた時は45,650人でしたので、ガド族も少なくなっていることがわかります。

次は、ユダ族です。ユダ族で登録された者は、76,500人でした。シナイの荒野にいた時は74,600人でしたので、ユダ族も若干少なくなっています。

次は、イッサカル族です。イッサカル族で登録された者は、64,300人でした。シナイの荒野にいた時は54,400人でしたので、イッサカル族は増えています。

次は、ゼブルン族です。ゼブルン族で登録された者は、60,500人でした。シナイの荒野にいた時は57,400人でしたので、ゼブルン族も少しですが増えています。

次は、マナセ族です。マナセ族で登録された者は、52,700人でした。シナイの荒野にいた時は32,200人でしたので、かなり増えていることがわかります。

次は、エフライム族です。エフライム族で登録された者は32,500人でした。シナイの荒野にいた時は40,500人でしたので、かなり増えていることがわかります。

次は、ベニヤミン族です。ベニヤミン族で登録された者は45,600人でした。シナイの荒野にいた時は35,400人でしたので、大きく増えています。

次はダン族です。ダン族で登録された者は64,400人でした。シナイの荒野にいた時は62,700人でしたので、ほとんど同じ人数になっています。

次はアシェル族です。アシェル族で登録された者は53,400人でした。シナイの荒野にいた時は41,500人でしたので、大きく増えています。

最後はナフタリ族です。ナフタリ族で登録された者は45,400人でした。シナイの荒野にいた時は53,400人でしたので、大きく減りました。ちょうどアシェル族と逆です。

以上が、イスラエルの子らの登録された者で、合計601,730人でした。38年前にシナイの荒野で数えられた時の合計は603,550人でしたから、ほとんど同じ数です。ここからも、荒野の生活がかなり過酷であったことがわかります。イスラエルは神の祝福によってたちまち増え続けてきましたが、この荒野の40年はほとんど増えませんでした。かろうじてほぼ同じ人口は保つことができましたが、それは試練と忍耐の時であったのです。

次にレビ族の人数が記されてあります。レビ族にはゲルション、ケハテ、メラリという三つの氏族がありました。ここで特筆すべきことは、ケハテから生まれたアムラムとその妻ヨケベテとの間にアロンとモーセとその姉妹のミリヤムが生まれたということです。そして、このアロンにはナダブとアビフ、エルアザルとイタマルという四人の息子がいましたが、ナダブとアブフは主の前に異なった火をささげたので死にをささげたため、つまり、大祭司しか入ることができなかった至聖所に入っていけにえをささげたので殺され(レビ10:1-3)、その弟エルアザルが大祭司となりました。

それから、このレビ族の記録でもう一つ重要なことは、彼らの場合は二十歳以上の男子ではなく一か月以上のすべての男子が登録されたということです。そして、彼らは、ほかのイスラエル人の中に登録されませんでした。なぜなら、彼らはイスラエル人の間で相続地を持たなかったからです。神ご自身が彼らの相続地だったのです。

Ⅲ.シナイの荒野で登録された者はひとりもいなかった(63-65)

最後に63節から終わりまでを見たいと思います。「63 以上が、エリコをのぞむヨルダン川のほとりのモアブの草原で、モーセと祭司エルアザルがイスラエルの子らを登録したときに登録された者たちである。64 しかし、この中には、シナイの荒野でモーセと祭司アロンがイスラエルの子らを登録したときに登録された者は、一人もいなかった。65 それは主がかつて彼らについて、「彼らは必ず荒野で死ぬ」と言われたからである。彼らのうち、ただエフンネの子カレブとヌンの子ヨシュアのほかには、だれも残っていなかった。」

これがこの章のまとめです。また、民数記全体の要約でもあります。イスラエルの民は約束の地に入るためにエジプトから出てきたのに、その地に入ることができたのはヨシュアとカレブだけでした。それ以外は誰も入ることができませんでした。彼らは約束のものを受けていたにみかかわらず、その約束にあずかれなかったのです。なぜでしょうか?神は彼らを約束の地に導くと行ったのに彼らが信じなかったからです。信じないで十度も主を試みたので、主は彼らに「彼らは必ず荒野で死ぬ」(14章)と言われたのです。

これは本当に厳粛な話です。私たちがどんなに信仰の恵みに預かっても、不信仰になって主を何度も試みるようなことがあれば、約束の地に入ることはできません。パウロはこのことを第一コリント10章でこう言っています。「1 兄弟たち。あなたがたには知らずにいてほしくありません。私たちの先祖はみな雲の下にいて、みな海を通って行きました。2 そしてみな、雲の中と海の中で、モーセにつくバプテスマを受け、3 みな、同じ霊的な食べ物を食べ、4 みな、同じ霊的な飲み物を飲みました。彼らについて来た霊的な岩から飲んだのです。その岩とはキリストです。5 しかし、彼らの大部分は神のみこころにかなわず、荒野で滅ぼされました。6 これらのことは、私たちを戒める実例として起こったのです。彼らが貪ったように、私たちが悪を貪ることのないようにするためです。7 あなたがたは、彼らのうちのある人たちのように、偶像礼拝者になってはいけません。聖書には「民は、座っては食べたり飲んだりし、立っては戯れた」と書いてあります。8 また私たちは、彼らのうちのある人たちがしたように、淫らなことを行うことのないようにしましょう。彼らはそれをして一日に二万三千人が倒れて死にました。9 また私たちは、彼らのうちのある人たちがしたように、キリストを試みることのないようにしましょう。彼らは蛇によって滅んでいきました。10 また、彼らのうちのある人たちがしたように、不平を言ってはいけません。彼らは滅ぼす者によって滅ぼされました。11 これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。12 ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。13 あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。」(Ⅰコリント10:1-13節)

ここでパウロは、彼らの父祖たち、すなわち、イスラエルの民が御霊によって神の約束のものを手に入れたのに、最終地まで到達することなく荒野で滅ぼされてしまったのは、私たちへの戒めのためであると言って、7節からその要因を列挙しています。それは金の子牛を造ってそれを拝んだことや、バラムのたくらみによってモアブの女たちと姦淫を行い、その結果、モアブの神々を拝んでしまい、一日に二万三千人が死んだという出来事、さらには、ある人たちがつぶやいたのにならって、つぶやいたりしたことです。これはコラたちの事件のことでしょう。私たちはこれらの出来事一つ一つを見てきました。それらのことによって、イスラエルの民はせっかく神から約束のものを受けていたのに、それを手にすることができなかったのです。そしてそれは私たちへの教訓のためでした。ですから、立っていると思う者は、倒れないように気を付けなければなりません。

私たちは今、世の終わりの時代に生きています。世の終わりになると困難な時代がやって来るということをイエス様も語っています。いつ倒れてもおかしくない状況に置かれているのです。自分は大丈夫だと思っていても、そうした傲慢な思いが神様のみこころにかなわない場合があります。それなのにいつまでもかたくなになっていると、この時のイスラエルのように約束の地に入ることかできなくなってしまいます。倒れてしまう可能性があるのです。けれども神は倒れないようにするための約束も与えておられます。それが13節です。
「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」

神が与えておられる試練は必ず耐えることができるものです。耐えられないような試練は与えません。耐えることができるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。この約束を信じて、いつまでも神様の道に歩まなければなりません。もしその道から外れてしまうことがあったら、すぐに悔い改めて、もう一度立ち返る必要があります。そうすれば、主はあなたを赦し、あなたを受け入れてくださいます。いつまでもかたくなになって悔い改めないなら、かつてイスラエルが荒野で滅びたように、約束のものを手に入れることはできません。それがヘブル人への手紙3章13節から19節までのところに進められていることです。「「きょう。」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい。もし最初の確信を終わりまでしっかり保ちさえすれば、私たちは、キリストにあずかる者となるのです。「きょう、もし御声を聞くならば、御怒りを引き起こしたときのように、心をかたくなにしてはならない。」と言われているからです。聞いていながら、御怒りを引き起こしたのはだれでしたか。モーセに率いられてエジプトを出た人々の全部ではありませんか。神は四十年の間だれを怒っておられたのですか。罪を犯した人々、しかばねを荒野にさらした、あの人たちをではありませんか。また、わたしの安息にはいらせないと神が誓われたのは、ほかでもない、従おうとしなかった人たちのことではありませんか。それゆえ、彼らが安息にはいれなかったのは、不信仰のためであったことがわかります。」

私たちは、この世の歩みにおいていろいろな試練を受けますが、しかし、「きょう」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしたいと思います。そして信じた時に与えられた最初の確信を最後まで保ちたいと思います。聞いていてもその御言葉が信仰によって結び付けられることなく滅んでしまうことがないように、いつも柔らかな心をもってみことばに聞き従う者でありたいと思います。

民数記25章

 きょうは民数記25章から学びます。

 Ⅰ.バアル・ペオルの事件(1-9)

まず1節から9節までをご覧ください。「1 イスラエルはシティムにとどまっていたが、民はモアブの娘たちと淫らなことをし始めた。:2 その娘たちが、自分たちの神々のいけにえの食事に民を招くと、民は食し、娘たちの神々を拝んだ。3 こうしてイスラエルはバアル・ペオルとくびきをともにした。すると、主の怒りがイスラエルに対して燃え上がった。4 主はモーセに言われた。「この民のかしらたちをみな捕らえて、主の前で、白日の下にさらし者にせよ。そうすれば、主の燃える怒りはイスラエルから離れ去る。」5 そこでモーセはイスラエルのさばき人たちに言った。「あなたがたは、それぞれ自分の配下でバアル・ペオルとくびきをともにした者たちを殺せ。」6 ちょうどそのとき、一人のイスラエル人の男がやって来た。彼は、モーセと、会見の天幕の入り口で泣いているイスラエルの全会衆の目の前で、一人のミディアン人の女を自分の兄弟たちに近づかせた。7 祭司アロンの子エルアザルの子ピネハスはそれを見るや、会衆の中から立ち上がり、槍を手に取り、8 そのイスラエル人の男の後を追ってテントの奥の部屋に入り、イスラエル人の男とその女の二人を、腹を刺して殺した。するとイスラエルの子らへの主の罰が終わった。9 この主の罰で死んだ者は、二万四千人であった。」

 

三度目の正直もならず、イスラエルを呪うようにお願いしたバラクでしたが、バラムは逆にイスラエルを祝福しました。むしろイスラエルがバラクの民族であるモアブのこめかみを打ち砕くと預言したので、二人は喧嘩別れのように、それぞれ自分のところへ帰って行きました。

 

けれども、バラムの話はこれで終わりません。25章に入ると、話はイスラエルの民そのものに戻りますが、実はここにもバラムの陰が見られます。「シティム」は、ヨルダン川の東にある所ですが(巻末の地図6参照)、イスラエルがそのシティムに宿営していた時、ある一つの事件が起こりました。その宿営の中にモアブ人の女たちが入って来たので、イスラエルの民はその女たちとみだらなことを行っただけでなく、彼女たちが持ち持ち込んだ神々「バアル・ペオル」を拝んだのです。「バアル・ペオル」というのは、ペオルにある「バアル」という意味です。バアルはモアブの地で礼拝されていた豊穣神ですが、イスラエルはこの偶像を拝むようになってしまったのです。いったいなぜこんなことになってしまったのでしょうか。

 

おそらく約束の地を前にして、気が緩んだのでしょう。もうすぐ神が約束してくださったカナンの地に入るということで、心に隙間が生じたのです。このことは長い間信仰生活を送り、天国が間近に近づいたクリスチャンにも言えることです。まさかそんなところに落とし穴があるなんて考えられません。しかし意外とそのような時に、私たちを信仰から引き離すさまざまな誘惑が待っているのです。このような時こそ信仰の原点に立ち返り、幼子のような素直な信仰をもって主に従うことが求められるのです。

 

しかし、ここには書いてありませんが、このようにイスラエルがモアブの女たちと結婚し、彼らの偶像を拝むようになった背後には、あのバラムのたくらみがあったことがわかります。31章16節を見ると、そこでモーセは、「よく聞け。この女たちが、バラムの事件の折に、ペオルの事件に関連してイスラエルの子らをそそのかし、主を冒涜させたのだ。それで主の罰が主の会衆の上に下ったのだ。」と言っています。新改訳聖書では「バラムの事件」となっていますが、口語訳ではこれを「バラムのはかりごと」と訳しています。実はこちらの方が正しいです。これはバラムによって仕組まれた企みだったのです。自分のところに帰って行ったはずのバラムでしたが、実は戻って来てバラクに悪知恵をさずけ、イスラエルを罪に陥れたのです。何のためでしょうか。不義の報酬のためです。彼は一時悔い改めて神のことばを語りましたが、その後また罪に陥り、不義の報酬を愛してしまったのです。

 

えっ、嘘でしょう。確かにⅡペテロ2章15節には、彼は不義の報酬を愛したとありますが、それはバラクに頼まれてイスラエルを呪えと言われた時であって、その後彼は立派に悔い改めたじゃないですか。そして、主が語ることしか語りませんでした。そのため彼はイスラエルを呪うどころか祝福したのです。その彼が再びこのような事件を引き起こすなんて考えられません。でも、これは本当なのです。新約聖書そのように記れてありますから。黙示録2章14節ご覧ください。ここには「けれども、あなたには少しばかり責めるべきことがある。あなたのところに、バラムの教えを頑なに守る者たちがいる。バラムはバラクに教えて、偶像に献げたいけにえをイスラエルの子らが食べ、淫らなことを行うように、彼らの前につまずきを置かせた。」とあります。そうです、このペオル・バアルの事件のことです。バラムは不義の報酬を愛してバラクの所に戻り、どうしたらイスラエルをそそのかすことができるのかを教えたのです。そして、それがモアブの女たちを用いることだったのです。

 

こうやって見ると、バラムはひどい人間です。神に従ったかと思ったら、次の瞬間にはまた罪に陥ってしまいました。彼はどこまでも不義の報酬を愛していました。そこから離れることができませんでした。しかし、それはバラムだけことではありません。私たちも同じではないでしょうか。私たちもこうした信仰と罪の狭間で、たえず揺れ動いています。だからこそ、こうしたバラムの不信仰から学び、堅く信仰に立ち続けることができるように祈り求めなければなりません。箴言4章23節には、「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。」とあります。私たちはいつも私たちの心を力の限り、見張って、見守らなければならないのです。

 

さて、こうしたイスラエルの罪に対して、主の怒りが彼らに対して燃え上がりました。それで主はモーセに、この民のかしらたちをみな捕えて、白日のもとに彼らを主の前にさらし者にするようにと命じました。それで彼はさばきつかさたちに、ペオル・バアルを慕った者たちを殺すようにと言いました。それはイスラエルにどれほど大きな悲しみをもたらしました。あのコラの事件の時にも何万人という民が神罰で死にましたが、今回の事件でも多くの者たちが、実に2万4千人もの民が殺されてしまうことになります。

 

モーセとイスラエルの全会衆は、このことで天幕の入り口で泣いていると、そこにひとりのイスラエル人が、ひとりのミディアン人の女を連れてやって来ました。ミディアン人とは、アブラハムと後妻のケトラとの間に出来た子供の子孫です(創世記25:1-4)。ここでは、ヨルダン川の東側に住んでいた民族の総称のことでしょう。この時ミディアン人はモアブの王によって治められていたとも考えられるので、これはモアブ人の女と言ってもいいのです。自分たちが罪を犯したことを主の前で悔い改め泣いて祈っていたところに、公然とモアブの女を連れてやってきたのです。何のためですか?みだらなことをするためです。

 

そこで祭司アロンの子エルアザルの子ピネハスは、それを見るや会衆の中から立ち上がり、手に槍を取り、そのイスラエル人のあとを追ってテントの奥の部屋に入り、イスラエル人とその女のふたりとも、腹を刺し通して殺しました。するとイスラエル人への神罰がやみました。この神罰で死んだ者は、二万四千人でした。

 この神罰については、使徒パウロはⅠコリント10章8節でこう言っています。「また私たちは、彼らのうちのある人たちがしたように、淫らなことを行うことのないようにしましょう。彼らはそれをして一日に二万三千人が倒れて死にました。」

二万三千人という数字が、この民数記25章にある二万四千人と異なりますが、コリント人への手紙では、「一日に」二万三千人とありますから、残りの千人は、次の日か、その後の日に死んだものと思われます。

  このようにして、イスラエルは、バラムによる、どのようなのろいからも守られていましたが、自分たちが罪を犯したときに弱くなってしまいました。私たちは迫害とか、苦難とかといった外からの攻撃にはそれなりに対処できますが、こうした内側からの攻撃には弱いものです。そして敵である悪魔はこうした私たちの内側にある肉の欲に引き込み、そこから信仰を崩しにかかるのです。ですから、私たちは、自分の心を力の限り、見張らなければなりません。

 

 Ⅱ.主のねたみ(10-13)

 

 次に10節から13節までをご覧ください。「10 主はモーセに告げられた。11 「祭司アロンの子エルアザルの子ピネハスは、イスラエルの子らに対するわたしの憤りを押しとどめた。彼がイスラエルの子らのただ中で、わたしのねたみを自分のねたみとしたからである。それでわたしは、わたしのねたみによって、イスラエルの子らを絶ち滅ぼすことはしなかった。:12 それゆえ、言え。『見よ、わたしは彼にわたしの平和の契約を与える。13 これは、彼とその後の彼の子孫にとって、永遠にわたる祭司職の契約となる。それは、彼が神のねたみを自分のものとし、イスラエルの子らのために宥めを行ったからである。』」

 

 ここで主は、祭司エルアザルの子ピネハスがした行為について語っています。それは神のねたみをイスラエル人の間で自分のねたみとしたということです。どういうことですか。神に代わって、イスラエルの民を罰したということです。それは7~8節にある行為ですが、ミディアン人の女二人と淫らなことを行うためにテントの奥の部屋に入っていたイスラエル人と、そのイスラエル人の腹を刺して殺したということです。そのピネハスがした行為は、永遠の義に値することでした。それで、ピネハスからの祭司職が、今後ずっと続くと約束されたのです。

 

しかし、彼のした行為は一見、残虐であるようにも見えかねません。そこまでしなくてもと思われるかもしれませんが、このことは私たちの霊的な歩みにおいてきわめて大切なことなのです。コロサイ書3章5節にはこうあります。「ですから、地にあるからだの部分、すなわち、淫らな行い、汚れ、情欲、悪い欲、そして貪欲を殺してしまいなさい。貪欲は偶像礼拝です。」ここでパウロは「殺してしまいなさい」と命じています。これらのことを丁重に扱いなさいとか、押さえつけなさいということではなく「殺してしまいなさい」と言っているのです。これが、私たちクリスチャンが唯一これらの誘惑を退けることが出来る方法なのです。すなわち、殺すのです。自分に死ぬのです。それらはもう死んでいるとみなさなければならないのです。90%は死んだけれども、10%は残っているというのではなく、すべて殺さなければならないのです。それがバラムの問題でした。彼は、90%は従ったかもしれませんが、残りの10%が死んでいませんでした。ですから彼は引き返して来たのです。自分の中にこうしたむさぼりが出てきたとき、これらの情欲に対しては、私はすでに死んでいると宣言していかなければなりません。キリストはすでに私たちの肉の欲望と情欲とともに十字架につけられたのですから、私たちが信仰をもって自分が死んでいるとみなすとき、その誘惑に抵抗する力が与えられるのです。

 

Ⅲ.偽教師たちに注意して(14-18)

 

最後に、14~18節をご覧ください。「14 その殺されたイスラエル人の男、すなわちミディアン人の女と一緒に殺された者の名は、シメオン人の一族の長サルの子ジムリであった。15 また殺されたミディアン人の女の名はツルの娘コズビであった。ツルはミディアンの父の家の諸氏族のかしらであった。16 主はモーセに告げられた。17 「ミディアン人を襲い、彼らを討て。18 彼らは巧妙に仕組んだ企みによって、ペオルの事件であなたがたを襲ったからだ。ペオルの事件の主の罰の日に殺された彼らの同族の女、ミディアンの族長の娘コズビの一件だ。」

 ここには、公然とミディァン人の女を連れて来て殺されたイスラエル人の名前が記されてあります。それはシメオン人の父の家の長サルの子ジムリでした。また、殺されたミディアン人の女の名前は、ツルの娘コズビでした。ツルもミディアン人の父の家のかしらでした。ですから、どちらもそれぞれの一族の長の息子・娘だったのです。

 

それでモーセはミディアン人を襲い、彼らを打つようにと命じました。彼らが巧妙に仕組んだたくらみによって、ペオルの事件を引き起こしたからです。でもこの事件の本当の黒幕は誰でしたか?バラムです。バラムは自分の故郷に戻りましたが、またモアブに戻ってきました。そして不義の報酬を得るためにバラクに悪知恵を授け、イスラエル人を惑わしたのです。彼は、表面的には「神が言われることだけしか言いません。」とか、「銀や金の満ちた家は受け取らない」などと言いながら、ろばに乗っていた時のように下心がありました。不義の報酬を愛しました。それで彼は正しいことを語りながら偽教師となってしまったのです。

 

この偽教師については、パウロも警戒するように注意していました。たとえば、使徒20章29-30節には「私は知っています。私が去った後、狂暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、容赦なく群れを荒らし回ります。また、あなたがた自身の中からも、いろいろと曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こってくるでしょう。」とあります。また、ペテロはⅡペテロ2章1-3節でこのように言っています。「ですからあなたがたは、すべての悪意、すべての偽り、偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、霊の乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。あなたがたは、主がいつくしみ深い方であることを、確かに味わいました。」とあります。

 

民数記22章から24章まで読むと、バラムは悔い改めた預言者、イスラエルの神の啓示を受けた異邦人のように見えますが、自分の貪欲を優先させた結果、人々を滅びに招き入れた張本人となったのです。そしてやがてミディアンの5人の王たちとともにつるぎで殺されてしいます(民数31:8)。彼はイスラエル人がミディアン人を殺す時に、いっしょに殺されました。その富はあまりにもはかなく、空しいものでした。

 

ですから、私たちも注意しなければなりません。主のことばを学びながら、そのみことばに応答するための心の備えができていなければ、バラムのように、正しいことを語っていながら自分が自分の身に滅びを招いてしまうことになります。そういうことがないように、心の中のむさぼりを捨てなければなりません。そして神のことばに従って生きていかなければならないのです。そのためにはいつも自分を見つめ、自分の行ないを悔い改め、神に立ち返り、神のみこころに歩んでいるかどうかを絶えず点検しなければなりません。力の限り、見張って、あなたの心を見守りましょう。

民数記24章

 きょうは民数記24章から学びます。

 Ⅰ.イスラエルを三度も祝福したバラム(1-9)

まず1節から9節までをご覧ください。「1 バラムはイスラエルを祝福することが主の目にかなうのを見て、これまでのようにまじないを求めに行くことをせず、その顔を荒野に向けた。

2 バラムが目を上げると、イスラエルがその部族ごとに宿っているのが見えた。すると、神の霊が彼の上に臨んだ。3 彼は、彼の詩のことばを口にして言った。「ベオルの子バラムの告げたことば。目の開かれた者の告げたことば。4 神の御告げを聞く者、全能者の幻を見る者、ひれ伏し、目の開かれた者の告げたことば。5 なんとすばらしいことよ。ヤコブよ、あなたの天幕は。イスラエルよ、あなたの住まいは。6 それは、広がる谷のよう、また川のほとりの園のようだ。主が植えたアロエのよう、また水辺の杉の木のようだ。7 その手桶からは水があふれ、種は豊かな水に潤う。王はアガグよりも高くなり、王国は高く上げられる。8 彼をエジプトから導き出された神は、彼にとっては野牛の角のようだ。彼は自分の敵の国々を食い尽くし、彼らの骨をかみ砕き、矢をもって撃ち砕く。9 雄獅子のように、また雌獅子のように、彼は身を伏せ、横たわる。だれがこれを起こせるだろう。あなたを祝福する者は祝福され、あなたをのろう者はのろわれる。」」

 

イスラエルを呪ってもらおうとバラムを裸の丘に連れて行ったバラクでしたが、バラムはイスラエルを呪うどころか祝福してしまいました。それでバラクはたぶん場所が悪かったんだろうと、今度は彼をビスガの頂に連れて行きました(23:14)。しかし、バラクの思惑とは裏腹に、バラムはまたもやイスラエルを祝福しました。それで彼は、もう一つ別の場所へ彼を連れて行きました。それはペオルの頂上でした(23:28)。「三度目の正直」ということばがありますが、今度こそイスラエルをのろってくれるだろうと期待したのです。しかし、バラムはイスラエルを祝福することが主のみこころにかなうことであるのを見て、これまでのようにまじないを求めに行くことをせず、その顔を荒野に向けました。

 

2節には、「バラムが目を上げると、イスラエルがその部族ごとに宿っているのが見えた。すると、神の霊が彼の上に臨んだ。」とあります。なぜ彼が部族ごとに宿っているのを眺めたとき、神の霊が彼の上に臨んだのでしょうか。2章を学んだ時、荒野に宿営していたイスラエルがどんな形をしていたか覚えていますか。東西南北に三つの部族がそれぞれ神の幕屋の周りに宿営していました。それを上から見たらどんな形だったかというと、十字架の形だったわけです。だから、バラムがそれを見たとき、神の霊が臨まれたのです。

 

3節から9節までには、バラムのことば詩の形でまとめられています。ここでバラムが告げていることは、イスラエルの美しさでした。5節と6節をご覧ください。ここには、「なんとすばらしいことよ。ヤコブよ、あなたの天幕は。イスラエルよ、あなたの住まいは。それは、広がる谷のよう、また川のほとりの園のようだ。主が植えたアロエのよう、また水辺の杉の木のようだ。」とあります。それは広がる谷のようであり、川のほとりの園のようでした。また主が植えたアロエのように、水辺の杉の木のように、麗しい姿をしていました。以前、那須塩原にある回顧(みたらし)の滝を見に行ったことがありますが、とてもきれいでした。回顧(みたらし)の吊り橋から見るあれは箒川でしょうか、川辺の緑の美しさに、とても感動したのを覚えています。バラムが見たイスラエルの宿営はもっと美しかったことでしょう。詩篇1章3節には、主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ人は、水路のそばに植わった木のようだとあります。まさにイスラエルは水路のそばに植えられた木のように、神のいのちにあふれていました。

 

そして7節から9節には、イスラエルの強さが歌われています。「王はアガグよりも高くなり」とありますが、「アガク」とは、サムエル記第一に出てくるサウル王が戦うアマレク人の王のことではないかと考えられています(Ⅰサムエル15:8)。もしかしたら、それは王の称号だったのかもしれません。イスラエルはそうした諸国の王よりも高く、あがめられるということです。

また8~9節には「彼をエジプトから導き出された神は、彼にとっては野牛の角のようだ。彼は自分の敵の国々を食い尽くし、彼らの骨をかみ砕き、矢をもって撃ち砕く。雄獅子のように、また雌獅子のように、彼は身を伏せ、横たわる。だれがこれを起こせるだろう。あなたを祝福する者は祝福され、あなたをのろう者はのろわれる。」とあります。「野牛の角」とか「雄獅子」、「雌獅子」とは23章にも出てきた表現ですが、それは強さを表していました。また、「獅子」とは百獣の王ライオンです。ライオンのように諸国の中で第一の地位を占めるようになると言われています。これはダビデの時代にある程度実現しますが、究極的にはダビデの子孫から生まれるメシヤ、キリストにおいて実現します。そして最後に、「あなたを祝福する者は祝福され、あなたをのろう者はのろわれる。」というアブラハムへの神の言葉を述べられています。ですからバラクがやっていたことは、自らに呪いを招くことだったのです。イスラエルを呪おうとしたのですから。

 

Ⅱ.モアブに対する預言(10-19)

 

次に10節から19節をご覧ください。「10 バラクはバラムに対して怒りを燃やし、手を打ち鳴らした。バラクはバラムに言った。「私の敵に呪いをかけてもらうためにおまえを招いたのに、かえっておまえは三度までも彼らを祝福した。11 今、おまえは自分のところに引き下がれ。私は手厚くもてなすつもりでいたが、主がもう、そのもてなしを拒まれたのだ。」12 バラムはバラクに言った。「私は、あなたが遣わした使者たちにも、こう言ったではありませんか。13 『たとえバラクが私に銀や金で満ちた彼の家をくれても、主のことばに背くことは、良いことでも悪いことでも、私の心のままにすることはできません。主が告げられること、それを私は告げなければなりません。』14 今、私は自分の民のところに帰ります。さあ、私は、この民が終わりの日にあなたの民に行おうとしていることについて、あなたに助言を与えます。」15 そして彼の詩のことばを口にして言った。「ベオルの子バラムの告げたことば。目の開かれた者の告げたことば。16 神の御告げを聞く者、いと高き方の知識を知る者、全能者の幻を見る者、ひれ伏し、目の開かれた者の告げたことば。17 私には彼が見える。しかし今のことではない。私は彼を見つめる。しかし近くのことではない。ヤコブから一つの星が進み出る。イスラエルから一本の杖が起こり、モアブのこめかみを、すべてのセツの子らの脳天を打ち砕く。その敵、エドムは所有地となり、セイルも所有地となる。イスラエルは力ある働きをする。19 ヤコブから出る者が治め、残った者たちを町から絶やす。」」

 

イスラエルを呪うどころか三度も祝福したバラムに対して、バラクは激しい怒りを燃やしました。「手を打ち鳴らす」というのは、極めて強い怒りを表しているしぐさです。そしてバラムに言いました。「私の敵に呪いをかけてもらうためにおまえを招いたのに、かえっておまえは三度までも彼らを祝福した。今、おまえは自分のところに引き下がれ。私は手厚くもてなすつもりでいたが、主がもう、そのもてなしを拒まれたのだ。」もう堪忍袋の緒が切れたという感じですね。

 

 それに対してバラムは何と言いましたか。最初からちゃんと言ったではありませんか。たとえ金や銀で家をもらっても、主のことばに背くことは、できないと。そして、「終わりの日」にバラクに対して主が行おうとしていることを告げるのです。それが15節から19節にある内容です。それは私たちの時代を越えて神の国が立てられるまでの驚くべき幻です。

 

「ヤコブから一つの星が上る」(17)とは、メシヤ預言です。これはまさしくイエス・キリストのことを表しています。メシヤ、救い主はヤコブから上ります。マタイの福音書には、東方の博士たちがユダヤ人の王が出現するというしるしを、星の動きによって突き止めたということが出てきますが、それはおそらくこの後バラムが故郷に戻り、ユダヤ人の王、メシヤのしるしが星であることを伝えたからでしょう。東方の博士たちはこれらの知識を基に、エルサレムで当時「ユダヤ人の王」と自称していたヘロデ王に謁見したのです。またその後も、ダニエルがバビロンにいた時、彼はメシヤが諸国を打ち砕いて、神の国を打ち立てることを預言しました(ダニエル2:44-45)。

 

また「一本の杖」(17)とは、羊飼いのことを表していますが、これは後に民を治めるメシヤがどのような方であるかを示しています。それは、羊飼いなる方であるということです。イエス様はこう言われました。「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨て捨てます。」(ヨハネ10:11,14)また、ダビデも主を、「私の羊飼い」と呼びました(詩篇23:1)。それゆえ、「私は乏しいことがありません。」と。私たちの主イエスは、まことの羊飼いであられるのです。

 

そして、主はモアブのこめかみと、すべての騒ぎ立つ者の脳天を打ち砕きます(17)。モアブが打ち砕かれるという預言は、後にイザヤ、エレミヤ、そしてエゼキエルも預言します。イザヤ書15~16章、エレミヤ48章、そしてエゼキエル25章にも出てきます。モアブは後にアッシリヤ、バビロン、そしてギリシヤなどによって、時代の中で滅ぼされ消えていきます。

エドムに対しても主は、後の時代にそこをご自分がイスラエルによって支配されることを告げられました(マラキ1:3-5)。エドムとはエサウの子孫です。ヘロデ王はエドムの末裔です。当時はイドマヤ人と呼ばれていましたが、この預言にあるように、その後消えてしまいました。

 

Ⅲ.諸国に対する預言(20-25)

 

そして、20節から25節には、その他の諸国に対する預言が語られています。「20 彼はアマレクを見渡して、彼の詩のことばを口にして言った。「アマレクは国々の中で最高のもの。しかし、その終わりは滅びに至る。」21 彼はケニ人を見渡して、彼の詩のことばを口にして言った。「あなたの住みかは堅固で、あなたの巣は岩間に置かれている。22 しかし、カインは滅ぼし尽くされ、ついにはアッシュルがあなたを捕虜とする。」23 また彼は、彼の詩のことばを口にして言った。「ああ、神が定められたなら、だれが生き延びられるだろう。24 船がキティムの岸から来て、アッシュルを苦しめ、エベルを苦しめる。これもまた、滅びに至る。」」

 

まず、アマレクに対してです。「アマレク」とは、イスラエルが荒野の旅をしていた時に襲ってきた民です(出エジプト17:8-16)。このアマレクとの戦では、モーセが手を上げることで勝利することができました。それは主が戦ってくださったということです。そのためにモーセの手が下りないように、一方の手をアロンが、もう一方の手をフルが支えました。現代でも、このように手を支える人が必要です。このアマレクも滅びに至ります。エステル記に登場するハマンは、このアマレクの末裔でした。彼はユダヤ人絶滅を企みましたが、結果は彼とその家族が取り除かれ、ユダヤ人を殺そうとした者がかえって殺されてしまいました。

 

「ケニ人」は、ミディアン人のところに住んでいた遊牧民です。モーセのしゅうとのイテロもケニ人でした。そして、モーセたちと共に移動してきて、イスラエルの中に住むようになったのです。けれども、彼らはずっと後にアッシリヤによって捕え移されることになります。22節の「アッシュル」とはアッシリヤのことです。ですからバラムはここで、この後700年も後に起こるアッシリヤ捕囚のことを預言していたのです。

ちなみに22節の「カインは滅ぼし尽くされ」の「カイン」とは誰のことを指しているのかわかりません。アダムとエバの息子であったカインのことなのか、それとも、創世記5章10節に登場しているセツの孫「ケナン」から来た名前なのかはっきりわかりません。しかし、確かなことは、ここでカインは滅ぼし尽くされるということです。あのアダムとエバの息子であったカインに代表される悪が滅ぼし尽くされるということでしょう。

 

23節と24節には、さらに驚くべき遠い将来の預言がバラムによって語られます。24節の「キティム」とはキプロス島のことですが、これは西からの勢力のことを指しています。つまり、西の方から敵がやって来てアッシリヤとそれに続く東方の国々を苦しめ滅ぼすという預言です。それは、ペルシヤがギリシヤによって倒れ、そしてローマが世界を支配するという預言です。「エベル」とはヘブル人のこと、つまりユダヤ人のことですが、ユダヤ人はギリシヤによってもローマによっても悩まされますが、しかし、最後にはローマもメシヤによって滅ぼされるのです。ダニエル書が預言している通りです。こうやって見ると、バラムの口によって、ものすごい預言が語られたのです。

 

こうやって見ると、聖書って本当にすごいなぁと思います。何がすごいかって、その預言です。たとえば、先月ロシアがウクライナに侵攻しましたが、いったいこれはどういうことなのかを考えると、これもまた聖書の預言と関係あることがわかります。すなわち、エゼキエル38章に記されてある預言の成就とみることができるということです。エゼキエル38:1には「人の子よ、メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグに顔を向け、彼に預言せよ。」とありますが、この「大首長」こそ「ロシア」のことです。ヘブル語では「ルーシ」という言葉ですが、これは「ロシア」の語源になった言葉です。また、「ゴグの地」とは、ロシアの南西部、今のカスピ海沿岸地域の国々のことです。その主張である「ゴグ」こそ「ロシア」なのです。それは15節にあるように、「北の果てから」多くの国々の民とともに、イスラエルを攻めて来ます。ダニエル7:7には、それは10の国々からなる連合軍です。それは2節の「メシェク」(モスクワ)、「トバル」(ジョージアのトビリシ)、5節、「ペルシャ」(イラン)、「クシュ」(エチオピア)、「プテ」(リビア)、6節「ペテ・トガルマ」(トルコ)といった国々です。それらの国々の下にはシリアがあります。その下がイスラエルです。メギドの丘はすぐそこなのです。これらの国々は最近ロシアと非常に近い関係にあります。これらの国々が北の果てからイスラエルを攻めてきたら、まそに「終わりの時」が近いということです。今回はイスラエルではなくウクライナに侵攻しましたが、いつイスラエルを攻めて来てもおかしくない状況なのです。ですから、今回の出来事は、この預言の前兆としての出来事であると言えるのです。

 

また、2020年からのコロナウイルス感染症も、今回のロシアのウクライナへの侵略と合わせて考えると、100年前の第一次世界大戦(1914年)、これは世界で初めて職業軍人ではなく一般の民衆が動員された戦争ですが、それはイエス様がマタイの福音書24章で預言されたことの成就とみることができます。イエス様はこう言われました。「民族は民族に、国は国に手滝泰して立ち上がり、あちらこちらで飢饉と地震が起こります。」(マタイ24:7)

100年前はこの世界大戦を皮切りに、1918~1919年にスペイン風邪が流行しました。全世界で5,000万人もの人が死んだのです。そしてその10年後の1929年には世界恐慌、その10年後の1939年には第二次世界大戦が起こりました。その時と本当に似ているのです。そして1948年にはイスラエルが建国されました。2000年もの間世界中に散らされていた民が国を再興したのです。人間的には考えられないことです。しかし、現実に起こりました。どうしてこんなことが起こったのでしょうか。聖書に預言されていたからです。

そしてあれから100年が経った今、2011年には大地震が発生しました。東日本大震災です。また地球温暖化による異常気象と飢饉、コロナウイルス感染症(疫病)、ロシアのウクライナ侵攻と、もしかすると第三次世界大戦に発展するかもしれないという危機の中にあります。これらのことは何を物語っているのかというと、世界は確実に聖書の預言の通りに、終末に向かっているということです。もうその前兆に入っていると言えるでしょう。ものすごい時代を迎えているのです。

このように、聖書の預言はことごとく成就していることがわかります。それがバラムによって語られたものか、イザヤ、エレミヤによって語られたものか、あるいはヨハネの黙示録によって語られるのはともかく、聖書にはこのようにものすごい預言が語られているのです。

 

であれば、私たちはこの終末においてどのように生きるべきかが示されます。それは、この神が聖書によって語られた確かなことばに従って生きるということです。そうすれば、不安やおそれはありません。神を信じる者を、神が守ってくださるからです。これも聖書にある約束のことばです。

 

それからバラムは自分のところへ帰って行きました。バラクもまた帰途に着きました。けれども、この話はここで終わりません。25章に入ると、ペオルの事件が起こります。イスラエルの民がモアブの女たちにそそのかされてバアル・ペオルという偶像を拝んだので、神罰が下るのです。なんと二万四千人が死に絶えることになります。その事件にバラムが深く関わっていくのです。このことについては次回学びたいと思いますが、このバラムの預言を通して、神に祝福されるように選ばれた民は誰であるかがはっきりと示されました。それはイスラエルです。イスラエルを祝福する者は祝福され、のろう者はのろわれます。そして、私たちはこの神の祝福の中に入れられているのです。そのことを覚えて、このすばらしい恵みの中に導き入れてくださった主に心から感謝し、この方のみこころに歩ませていただきたいと思います。

民数記23章

 きょうは民数記23章から学びます。まず1節から12節までをご覧ください。

 

 Ⅰ.イスラエルを祝福したバラム(1-12)

 

「1 バラムはバラクに言った。「私のためにここに七つの祭壇を築き、七頭の雄牛と七匹の雄羊をここに用意してください。」2 バラクはバラムの言ったとおりにした。そしてバラクとバラムは、祭壇の上で雄牛一頭と雄羊一匹を献げた。3 バラムはバラクに言った。「あなたは、あなたの全焼のささげ物のそばに立っていてください。私は行って来ます。おそらく、主は私に会ってくださるでしょう。主が私にお示しになることを、あなたに知らせましょう。」そして彼は裸の丘に行った。4 神がバラムに会われたので、バラムは神に言った。「私は七つの祭壇を整え、それぞれの祭壇の上で雄牛一頭と雄羊一匹を献げました。」5 主はバラムの口にことばを置き、そして言われた。「バラクのところに帰って、こう告げなければならない。」6 彼がバラクのところに帰ると、見よ、バラクはモアブのすべての長たちと一緒に、自分の全焼のささげ物のそばに立っていた。7 バラムは彼の詩のことばを口にして言った。「バラクは、アラムから、モアブの王は、東の山々から私を連れて来た。『来て、私のためにヤコブをのろえ。来て、イスラエルを責めよ』と。8 私はどうして呪いをかけられるだろうか。神が呪いをかけない者に。私はどうして責めることができるだろうか。主が責めない者を。9 岩山の頂から私はこれを見、丘の上から私はこれを見つめる。見よ、この民はひとり離れて住み、自分を国々と同じだと見なさない。10 だれがヤコブのちりを数え、イスラエルの四分の一さえ数えられるだろうか。私が心の直ぐな人たちの死を遂げますように。私の最期が彼らと同じようになりますように。」

11 バラクはバラムに言った。「あなたは私に何ということをしたのですか。私の敵に呪いをかけてもらうためにあなたを連れて来たのに、今、あなたはただ祝福しただけです。」12 バラムは答えた。「主が私の口に置かれること、それを忠実に語ってはいけないのですか。」

 

バラムがバラクのところにやって来ると、バラクは彼を連れ出し、バモテ・バアルに上らせました。(22:41)そこからイスラエルの民の一部を見ることができたからです。

バモテ・バアルに上ると、バラムはバラクに、「私のためにここに七つの祭壇を築き、七頭の雄牛と七頭の雄羊を用意してください。」と頼みました。なぜでしょうか。神に全焼のささげ物をささげるためです。「七」は、聖書では完全数です。また、雄牛と雄羊は、イスラエルのささげものの中でも最も高価なものでした。それを神にささげようとしたのです。それは、バラムが神からの御告げを受けるにあたり、必要なささげものをささげようと思ったからです。彼らは最善を尽くして、神の好意を得ようとしたのです。以前は、あくまでも自分の思いを通そうとして神の御怒りを招くことになったバラムですが、ろばが人間のことばをしゃべる出来事を通して、彼の心は砕かれていました。神の前にへりくだり、神がお語りくださることを期待する彼の姿が現れています。それは3節の彼のことばを見てもわかります。彼はバラクに、「あなたは、あなたの全焼のいけにえのそばに立っていなさい。私は行って来ます。たぶん、主は私に現れて会ってくださるでしょう。そうしたら、私にお示しになることはどんなことでも、あなたに知らせましょう。」と言いました。彼は、主がお語りくださることは、何でも知らせますと言っています。そして、彼は「裸の丘」に行きました。「裸の丘」とは、見晴らしの良い高くそびえた山で、草木の生えていない所です。当時の占い師は、こうした場所を好んで用いたようです。そこで神はバラムに会われ、彼の口にことばを置かれました。「バラクのところへ帰れ。あなたはこう言わなければならない。」(5)いったい神はバラムにどんなことを告げられたのでしょうか。

 

7節から10節までにその内容が書かれてあります。バラムはそれを詩のことばにして言いました。それは、主がイスラエルをのろってはおられないのだから、のろえと言われてものろえないということでした。また、この民は滅びるどころか神が他の諸国の民から選ばれた特別な民であり、神に祝福されて大いに増え広がった民であると言い、私も彼らの一人に加えられたいものだ・・と願ったのです。10節の「私が心の直ぐな人たちの死を遂げますように。私の最期が彼らと同じようになりますように。」とは、このことです。


このことからわかることは、神が祝福されたものを呪うことはできないということです。神はイスラエル

を特別な民として選び、これを祝福されました。彼らはアブラハムが約束された通りの民となったのです。そのイスラエルを呪おうとしても呪うことはできません。神が祝福しておられるからです。

それは、神を信じる私たちも同じです。私たちは神の子イエス・キリストを救い主として信じたことで神の子とされました。神の特別な祝福の中に入れられたのです。だから、だれかが私たちを呪おうとしても決して呪うことなどできないし、逆に、神が約束してくださったとおり神の祝福によって大いに増え広がるのです。

 

バラクからイスラエルを呪い、イスラエルに滅びを宣言するようにと依頼されたバラムでしたが、彼は逆にイスラエルを祝福することばを言いました。イスラエルが滅びるどころか、イスラエルは他の諸国の民から選ばれた特別な民であると宣言したのです。その宣言は、神の民である私たちにも向けられているのです。

 

 Ⅱ.バラムの二度目のことば(13-24)

 

それでバラクはどうしたでしょうか。次に13節から26節までをご覧ください。「13 バラクは彼に言った。「では、私と一緒に彼らを見ることができる別の場所へ行ってください。その一部を見るだけで、全体を見ることはできませんが。そこから私のために彼らに呪いをかけてください。」14 バラクはバラムを、セデ・ツォフィムのピスガの頂に連れて行き、そこで七つの祭壇を築き、どの祭壇にも雄牛一頭と雄羊一匹を献げた。15 バラムはバラクに言った。「あなたはここで、自分の全焼のささげ物のそばに立っていてください。私はあちらで主にお会いします。」16主はバラムに会い、その口にことばを置き、そして言われた。「バラクのところに帰って、こう告げなければならない。」17 それで、彼はバラクのところに帰った。すると、彼はモアブの長たちと一緒に、自分の全焼のささげ物のそばに立っていた。バラクは言った。「主は何をお告げになりましたか。」18 バラムは彼の詩のことばを口にして言った。「立て、バラクよ。そして聞け。私に耳を傾けよ。ツィポルの子よ。19 神は人ではないから、偽りを言うことがない。人の子ではないから、悔いることがない。神が仰せられたら、実行されないだろうか。語られたら、成し遂げられないだろうか。20 見よ、私は、祝福せよとの命を受けた。神が祝福されたのだ。私はそれをくつがえすことはできない。21 ヤコブの中に不法は見出されず、イスラエルの中に邪悪さは見られない。彼らの神、主は彼らとともにおられ、王をたたえる声が彼らの中にある。22 彼らをエジプトから導き出された神は、彼らにとって野牛の角のようだ。23 まことに、ヤコブのうちにまじないはなく、イスラエルのうちに占いはない。神が何をなさるかは、時に応じてヤコブに、すなわちイスラエルに告げられる。24 見よ、一つの民を。それは雌獅子のように起き上がり、雄獅子のように身を持ち上げ、休むことはない。獲物を食らい、殺されたものの血を飲むまでは。」」

 

バラクは「場所が悪かった」と思ったのか、場所を変えて再びイスラエルを呪わせようとしました。そして今度は「ピスガの頂」に連れて行きました。後にモーセが死ぬ所です。そこからはヨルダンの低地全体を見渡すことができました。イスラエルの宿営の全体を見ることはできませんが、その一部を見ることができたのです。バラクはバラクをそこに連れて行けば、きっと彼らを呪うだろうと思ったからです。

 

それでバラムは再び七つの祭壇を築き、雄牛と雄羊のささげ物を用意するという念入りな儀式を繰り返し、神に会いに行きました。すると主はバラムに現れ、彼の口にことばを置いて、言われました。しかし、今度はイスラエルに関することではなく、バラクの神に対する考え方の間違いを正すものでした。その内容は19節から24節までに書かれてあります。

それはまず、神は人間ではなく、偽りを言うことがないお方であるということ。そして、人の子ではないので、悔いることがありません。また、神は約束されたことを成し遂げられるお方であるということでした。その神がバラムに「祝福せよ」と命じたので祝福するのであって、自分はそれをくつがえすことはできない、ということでした。

ここでバラムは、神の義と真実を明確に語っています。つまり、神の義と真実を取り消すことは誰もできないということです。神は他の何にも依存することなく、ご自身のみこころを最後まで成し遂げられるお方です。神が祝福されたのであれば、だれもそれをくつがえすことはできないのです。

 

ここに、私たちが神を信頼する根拠があります。またここに、イスラエルが神に守られ、神の御心を成し遂げてきた理由があります。バラムは、イスラエルが敵を完全に打ち破る力を持っていることを告げています。それは彼らの中に主がともにおられるからです。だから彼らは野牛の角のように強いのです。野牛の角というのは「強い」ことを表しています。また、イスラエルにはまじないはなく、占いもありません。なぜなら、神が彼らに直接語ってくださるからです。彼らは雌獅子のように起き上がり、雄獅子のように立ち上がり、休むことなく獲物を食らいます。

 

これは、私たちに対する約束のことばでもあります。神が私たちに祝福を命じておられるのですから、私たちはいかなることがあろうとも完全に勝利することができるのです。神が私たちとともにおられるからです。だから私たちは、人がなんだかんだ言うことであたふたする必要は全くありません。いつでも、肝が据わった状態でいることができるのです。神が私たちとともにおられ、約束されたことを成し遂げてくださるからです。この神が野牛の角をもって勝利を与えてくださるからです。私たちが成すべきことは、私たちをキリストにあって祝福すると約束された神に信頼し、日々、忠実に神のみことばに従って生きることだけです。そうすれば、主が私たちを成功させてくださるのです。

 

 Ⅲ.バラクの三度目の挑戦(25-30)

 

それでバラクはどうしたでしょうか。25節から30節までをご覧ください。「25 バラクはバラムに言った。「彼らに呪いをかけることも祝福することも、決してしないでください。」26 バラムはバラクに答えた。「私は、主が告げられることはみな、しなければならない、とあなたに言ったではありませんか。」27 バラクはバラムに言った。「では、私はあなたを、もう一つ別の場所へ連れて行きましょう。もしかしたら、それが神の御目にかなって、あなたは私のために、そこから彼らに呪いをかけることができるかもしれません。」28 バラクはバラムを、荒れ野を見下ろすペオルの頂上に連れて行った。29 バラムはバラクに言った。「私のためにここに七つの祭壇を築き、七頭の雄牛と七匹の雄羊をここに用意してください。」30 バラクはバラムが言ったとおりにして、祭壇に雄牛と雄羊を献げた。」

 

バラクはバラムに、「彼らに呪いをかけることも祝福することも、決してしないでください。」と言いました。するとバラムはバラクに答えて言いました。「私はが告げられたことをみな、しなければならない、とあなたに言ったではありませんか。」

 するとバラクは、今度は彼をもう一つの別のところへ連れて行きました。しつこいですね。そこはイスラエル全体を見下ろすことができるペオルの頂でしたが、もしかしたら、そこが神の御目にかなって、彼らを呪うようになるかもしれないと思ったのです。そして、バラムが言ったとおりそこに祭壇を築き、七頭の雄牛と七頭の雄羊を用意して、雄牛と雄羊を一頭ずつささげました。

 

しかし、どんなに場所を変えても神の御思いが変わることはありません。神はイスラエルを祝福しておられるので、彼らを呪うことはできないのです。24章1節を見ると、「バラムはイスラエルを祝福することが主の目にかなうのを見て、これまでのようにまじないを求めに行くことをせず、その顔を荒野に向けた。」とあります。

バラムは度重なるバラクからの圧力にも屈せず、ただ神が告げられたことだけをバラクに伝えました。バラクはモアブの王でしたが、たとえ相手がどんなに偉い王であっても、バラムこびる事をしませんでした。その結果、王がだんだん気弱になっていく様子が分かります。

 

これは神の民として生きる私たちの姿でもあります。ローマ人への手紙12章2節には、「この世と調子を合わせてはいけません。いやむしろ何が良いことで完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」とありますが、私たちはこの社会に属しながら歩んでいても、この社会の一員としての責任を果たしつつ、クリスチャンとしてのアイデンティティーを損なうようなことがないように、ただ神が告げよと言われることだけを告げる、神の言葉に忠実なクリスチャンでありたいと思います。

民数記22章

 

きょうは民数記22章から学びます。

 

 Ⅰ.イスラエルの民を恐れたモアブの王バラク(1-6)

 

 まず1節から6節までをご覧ください。「1 イスラエルの子らは旅を続け、ヨルダンのエリコの対岸にあるモアブの草原に宿営した。2 ツィポルの子バラクは、イスラエルがアモリ人に行ったすべてのことを見た。3 モアブは、イスラエルの民の数が多かったので非常におびえた。それでモアブはイスラエル人に恐怖を抱いた。4 モアブはミディアンの長老たちに言った。「今、この集会は、牛が野の青草をなめ尽くすように、われわれの周りのすべてのものをなめ尽くそうとしている。」ツィポルの子バラクは当時、モアブの王であったが、5 同族の国にある、あの大河のほとりのペトルにいるベオルの子バラムを招こうと、使者たちを遣わして言った。「見なさい。一つの民がエジプトから出て来た。今や、彼らは地の面をおおい、私の目の前にいる。6 今来て、私のためにこの民をのろってもらいたい。この民は私より強い。そうしてくれれば、おそらく私は彼らを討って、この地から追い出すことができるだろう。あなたが祝福する者は祝福され、あなたがのろう者はのろわれることを、私はよく知っている。」」

 

ホルマでカナン人アラドの王に勝利したイスラエルは、そのまま約束の地カナンに入るのかと思ったらそうではなく、ホル山からエドムの地を迂回して、葦の海の道に立ちました(21:4)。そこは厳しい荒野で、パンもなく水もない状況下で、その苦しみに耐えかねたイスラエルの民は、神とモーセに逆らった結果、燃える蛇にかまれて多くの民が死に絶えるという悲惨な出来事がありました。けれども、神が示された救いの道、青銅の蛇を旗さおに掲げそれを仰ぎ見た者たちは救われ、破竹の勢いで前進していきました。アモリ人の王シホンに勝利し、バシャンの王オグも打ち破ると、さらに進んで、ヨルダンのエリコをのぞむ対岸のモアブの草原にまで来ることができました。この「エリコ」はヨルダン川の西岸にある町で、死海の北端から少し北にある町です。ヨシュア記において、ヨシュア率いるイスラエルが初めに占領する町です。

 

そのモアブの地までやって来たとき、ツィポルの子バラク、これはこのモアブの王ですが、イスラエルがアモリ人に行ったことを見ておびえ、ユーフラテス川流域にあったペトルという町に住んでいたベオルの子バラクを招こうと、使者たちを送りました。イスラエルをのろってもらうためです。彼が祝福する者は祝福され、彼がのろう者はのろわれるということを知っていたからです。

 

このバラムとは、どのような人物だったのでしょうか。ここには「あの大河のほとりのペトルにいる」とあります。申命記23章4節を見ると「アラム・ナハライムのペトル」とあります。このアラム・ナハライムというのは「二つの川のアラム」という意味で、チグリス、ユーフラテス川に囲まれたメソポタミア地域を指しています。それは、このモアブの地から約650㎞も離れていました。そこはかつてヤコブの伯父ラバンが住んでいたところです。創世記11章にはテラの歴史が記されてありますが、テラはその息子のアブラハムと、ハランの子で自分の孫のロトと、アブラハムの妻である嫁のサライとを伴い、カルデヤのウルからハランまで来て、そこに住み着いたとあります(創世記11:31)。そのハランの辺りです。アブラハムはそこからさらに旅立ってカナンへと出て行くわけですが、アブラハムの兄弟ナホルは、そこに住み続けました。それで後にアブラハムの子イサクが結婚する際に、このナホルの家族から嫁をめとるようにと、その娘リベカと結婚するのです。そして、やがてヤコブがエサウから逃れて行ったのは、このリベカの兄弟、すなわち、伯父ラバンのところだったのです。

 

このハランがどういう所であったのかについては創世記31章を見るとわかりますが、そこにはティラフィムという偶像がありました。それは占いで使っていたものです。それをラケルがそこから出て行くときに盗み出して問題になりました。すなわち、そこは、ヤハウェなるイスラエルの神を知りつつも、他の偶像も拝んでいた地であったのです。ですから、バラムもおそらくそのような人物であったのではないかと考えられます。ヤハウェなる神は知っていましたが、他の神々とも交流する占い師だったのです。

 

そして興味深いのは、バラクがバラムの呪いの力を次のように信じていたことです。「あなたが祝福する者は祝福され、あなたがのろう者はのろわれる」。これはどこかで聞いたことがある言葉です。そうです、これは創世記12章3節で、神がアブラムに語った言葉です。そこには「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、呪う者をのろう。」とあります。ですから、バラムの呪いがどんなに強力なものであっても、全能者であられる神の御前には立ち向かうことはできません。仮にイスラエルを呪うようなことがあれば、神はその人をも呪われるからです。神はすべてにまさって偉大なお方だからです。

 

民数記に戻ってください。それにしても、なぜバラクはバラムにこのようなことを願ったのでしょうか。それは3節にあるように、イスラエルの民の数が多かったので、非常に恐れたからです。しかしモアブの王バラクは、恐れる必要など全くありませんでした。なぜなら、申命記を見ると、エドム人やアンモン人と同じようにモアブ人とは戦ってはならないとあるからです。なぜイスラエルはエドム人やアンモン人、モアブ人と戦ってはいけなかったのでしょうか。それは、エドム人はイスラエルの先祖ヤコブの兄弟エサウの子孫であり、アンモン人とモアブ人はアブラハムの甥ロトの二人の娘の子孫だからです。ヤハウェの一方的な憐れみのゆえにソドムとゴモラにいたロトは、滅びから免れました。アブラハムのゆえです。そのロトのふたりの娘の子供たちがアンモン人とモアブです。ですから、彼らもまたこのアブラハムの約束のゆえに、神の祝福の中に置かれていたのです。実際、このモアブ人の女の一人を、イエス・キリストの先祖にしています。誰ですか。モアブの女ルツです。ですから、モアブ人は恐れる必要はなかったのです。それなのに彼らが恐れてしまったのは、神の約束ではなく、自分を守ろうとしていたからです。自分で自分を守ろうとすると恐れを抱くことになります。そして、恐れに支配されると攻撃的になるのです。ですから、アブラハム契約のゆえに主を信じる者を主が守ってくださると信じて、主にすべてをおゆだねすることが必要なのです。

 

Ⅱ.不義の報酬を愛したバラム(7-22)

 

次に、7節から20節までをご覧ください。「7 モアブの長老たちとミディアンの長老たちは、占い料を手にしてバラムのところに行き、バラクのことばを告げた。8 バラムは彼らに言った。「今夜はここに泊まりなさい。主が私に告げられるとおりに、あなたがたに返答しましょう。」モアブの長たちはバラムのもとにとどまった。9 神はバラムのところに来て言われた。「あなたと一緒にいるこの者たちは何者か。」10 バラムは神に言った。「モアブの王ツィポルの子バラクが、私のところに使いをよこし、11 『今ここに、エジプトから出て来た民がいて、地の面をおおっている。さあ来て、私のためにこの民に呪いをかけてくれ。そうしたら、おそらく私は彼らと戦って、追い出すことができるだろう』と申しました。」12 神はバラムに言われた。「あなたは彼らと一緒に行ってはならない。また、その民をのろってもいけない。その民は祝福されているのだから。」13 朝になると、バラムは起きてバラクの長たちに言った。「あなたがたの国に帰りなさい。主は私があなたがたと一緒に行くことをお許しにならないから。」14 モアブの長たちは立ってバラクのところに帰り、そして言った。「バラムは私たちと一緒に来ることを拒みました。」

15 バラクはもう一度、先の者たちよりも大勢の、しかも位の高い長たちを遣わした。16 彼らはバラムのところに来て彼に言った。「ツィポルの子バラクはこう申しました。『どうか私のところに来るのを断らないでください。17 私はあなたを手厚くもてなします。また、あなたが私に言いつけられることは何でもします。どうか来て、私のためにこの民に呪いをかけてください。』」18 しかし、バラムはバラクの家臣たちに答えた。「たとえバラクが銀や金で満ちた彼の家をくれても、私は私の神、主の命を破ることは、事の大小にかかわらず、断じてできません。19 ですから、あなたがたもまた、今晩ここにとどまりなさい。主が私に何かほかのことをお告げくださるかどうか、確かめましょう。」20 夜、神はバラムのところに来て、彼に言われた。「この者たちがあなたを招きに来たのなら、立って彼らと一緒に行け。だが、あなたはただ、わたしがあなたに告げることだけを行え。」21 バラムは朝起きて、自分のろばに鞍をつけ、モアブの長たちと一緒に行った。22 しかし、彼が行こうとすると、神の怒りが燃え上がり、主の使いが彼に敵対して道に立ちはだかった。バラムはろばに乗っていて、二人の若者がそばにいた。」

 

 7節には、モアブの長老たちだけでなくミディアンの長老たちもバラムのところに行ったとあります。なぜここにミディアン人が登場するのでしょうか。ミディアンは、エドムのずっと南方にあるアラビヤ半島にいた民族です。モーセがエジプトの王ファラオから逃れたのがこのミディアンの地でした。そのミディアンの長老たちも一緒にバラムの所へ行ったのです。それは思惑が一致したからでしょう。彼らはアラビヤ半島から今のヨルダンにかける南北の広範囲に住んでいたようで、後にヨルダン川の西側のイスラエルの相続地にも入ってきて、ギデオンが生きていた時代にイスラエルを苦しめたりしていました。ですから、モアブ王バラクとミディアンの利害が一致して、共にバラムのところに行ったのです。

 

彼らがパラムのところに行き、バラクのことばを告げると、バラムは「主が私に告げられるとおりに、あなたがたに返答しましょう」と言っています。この主とは、神の個人名である「ヤハウェ」です。新改訳聖書では、その「主」を太字で表しています。つまり、バラムはイスラエルの神にも祈っていたのです。また9節の「神」もイスラエルの神を表すヘブル語の「エロヒーム」ですから、彼はイスラエルの神に祈っていたことがわかります。その神が、「彼らといっしょに行ってはならない。またその民をのろってもいけない。その民は祝福されているのだから。」(12)と言われたので、彼らと一緒に行くことはしませんでした。

 

モアブの長たちはバラクのところに帰り、それをバラクに告げると、バラクはもう一度と、先の者たちよりも大勢の、しかも位の高い長たちを遣わしました。もっと大勢の、もっと位の高い長たちを遣わしたというのは、もっと多くの金銀が積まれたということです。ですからバラムは18節で、「たといバラクが私に銀や金の満ちた彼の家をくれても・・・」と言っているのです。どんなに金銀を積まれても、自分は神のことばに背いては何もすることはできません、と断言したのです。立派ですね。金銀に目がくらむということがなかったのですから。

しかし19節を見ると、「ですから、あなたがたもまた、今晩ここにとどまりなさい。主が私にほかのことをお告げくださるかどうか、確かめましょう。」と言っています。なぜ彼はこんなことを言ったのでしょうか。主のことばに背いては何もすることはしないと言うのなら、その時点できっぱりと断ればいいのに、今晩ここにとどまりなさい、と言っているのです。未練があったからです。表面的には「どんなに金銀を積まれても・・・みたいなことを言っていますが、どこかに期待していたところがあったのです。ですから、彼は19節で「もしかすると、主が別のことを語られるかもしれませんから・・・。」と告げたのです。すると、その夜、神がバラムに現れて、立って、彼らとともに行け、と告げられました。それで、彼らといっしょに出かけていくことにしたのです。

 

これだけを見ると、バラムはいかにも神の命令に従っているかのようですが、実際はそうではありませんでした。それは次の箇所を見るとわかります。翌朝明けて、モアブの長たちと一緒にバラムが行こうとすると、神の怒りが燃え上がり、主の使いが彼に敵対して道に立ちはだかった、とあります。主がバラムに「立って彼らと一緒に行け」と言われたのであれば、なぜ神の怒りが燃え上がり、主の使いが道に立ちはだかったのでしょうか。それは彼が不義の報酬を愛したからです。

ペテロ第二の手紙2章15~16節を開いてください。ここには、「彼らは正しい道を捨てて、さまよっています。ベオルの子バラムの道に従ったのです。バラムは不義の報酬を愛しましたが、自分の不法な行いをとがめられました。口のきけないろばが人間の声で話して、この預言者の正気を失ったふるまいをやめさせたのです。」とあります。ここではイスラエルの中から出た偽預言者のことについて言及されているのですが、彼らは正しい道を捨てて貪欲に走りました。そして、その一つの実例としてこのバラムのことが取り上げられているのです。バラムは口では実にすばらしいことを言っていましたが、その心は、報酬をむさぼっていたことがわかります。これが不義の報酬です。だからバラムは自分の罪をとがめられ、口をきけないろばが人間の声で話して、バラムの狂った振る舞いをはばんだのです。

 

ではなぜ神はバラムに、「彼らと一緒に行け」と言われたのでしょうか。そんなことを言わなければ誤解もされなかったと思うのですが、それは神が積極的にそうするようにと命じておられたのではなく、仕方なくそう言われたのです。つまり、これは突き放している言葉なのです。主が彼に対して、「彼らと一緒に行ってはならない」と命じたにもかかわらず、バラムはそれを受け入れず、「主がなにかほかのことをお告げくださるかどうか、確かめましょう」と執拗に求めたので、そのように言われたのです。彼は表面的には主に尋ねているようですが、実際には金銭を貪っており、心の中で彼らと一緒に行くことを望んでいたのです。このように、自分の意志を強く固めている人に対しては、誰もそれを止めることはできません。神さえも止めることはできないのです。それは神が無力なのではなく、神は人をご自身のかたちに似せて自由意志を持つ者として造られたからです。ですから、神の御心がわかっていても、その御心に反して自分の思いを通してしまうということがあるわけです。神の御心を行ないたいと口では言いながら、自分の思うままに生きていきたいと願っているのです。それは不義の報酬を愛したバラムと同じです。

 

 Ⅲ.ろばの口を通して語られた主(23-41)

 

最後に23節から41節まで見て行きたいと思います。30節までをお読みします。「23 ろばは、主の使いが抜き身の剣を手に持って、道に立ちはだかっているのを見た。ろばは道からそれて畑に入って行ったので、バラムはろばを打って道に戻そうとした。24 すると主の使いは、両側に石垣のある、ぶどう畑の間の狭い道に立った。25 ろばは主の使いを見て、石垣にからだを押しつけ、バラムの足を石垣に押しつけたので、バラムはさらにろばを打った。26 主の使いはさらに進んで行って、狭くて、右にも左にもよける余地のない場所に立った。27 ろばは主の使いを見て、バラムを乗せたまま、うずくまってしまった。バラムは怒りを燃やし、杖でろばを打った。28 すると、主がろばの口を開かれたので、ろばはバラムに言った。「私があなたに何をしたというのですか。私を三度も打つとは。」29 バラムはろばに言った。「おまえが私をばかにしたからだ。もし私の手に剣があれば、今、おまえを殺してしまうところだ。」30 ろばはバラムに言った。「私は、あなたが今日この日までずっと乗ってこられた、あなたのろばではありませんか。私がかつて、あなたにこのようなことをしたことがあったでしょうか。」バラムは答えた。「いや、なかった。」」

 

バラムが出かけて行くと、主の怒りが燃え上がりました。なぜでしょうか。先に述べたように、彼が行くことは主の御心ではなかったからです。ですから、主の使いが彼に敵対して道をふさいだのです。それでろばは、道からそれて畑の中に行きました。その主の使いが抜き身の剣を手にもって道をふさいでいたからです。するとバラムは、ろばを打って道に戻そうとしました。彼はそれが神からの警告であることも知らずに、自分の意志を貫こうとしたのです。しかし主の使いは、両側に石垣のあるぶどう畑の間の狭い道に立っていたので、ろばは石垣に身を押し付けバラムの足を押し付けたので、バラムはさらにろばを打ちました。すると主の使いはさらに進んで、右にも左にもよける余地のない狭い所に立ったので、ろばは主の使いを見てバラムを乗せたままうずくまってしまいました。そこでバラムは怒りを燃やし、杖でろばを打ちました。すると、主がろばの口を開かれたので、ろばがしゃべったのです。「私があなたに何をしたというのですか。私を三度も打つとは。」バラムはびっくりしたと思います。ろばが人間のことばをしゃべったのですから。しかし彼はろばに言いました。「おまえが私をばかにしたからだ。もし剣を持っていたら殺してしまうところだ」。すると、ろばはまたバラムに言いました。「私は、あなたが今日この日までずっと乗ってこられた、あなたのろばではありませんか。私がかつて、あなたにこのようなことをしたことがあったでしょうか。」ありません。バラムは答えました。

 

いったいろばが人間のことばを話すということがあるのでしょうか。普通はありません。聖書の中で動物が人間のことばを話したというのは、ここと創世記の蛇だけです。しかし、神にはどんなことでもできるのです。これは事実、その通り起こったことです。ペテロはこう言っています。「自分の不法な行いをとがめられました。口のきけないろばが人間の声で話して、この預言者の正気を失ったふるまいをやめさせたのです。」(Ⅱペテロ2:16)

勿論、ろばは、人の言葉を話すことはありませんが、この時は話すことができました。それは全能者であられる神が、このようにしてバラムに罪を示したかったからです。神はこのように特別な方法で、それが異様であるかのような光景を通して語られることがあるのです。そのようにしてまでバラムが自分のしていることがどういうことなのかを悟らせようとしたのです。

 

31~41節をご覧ください。「31 そのとき、主はバラムの目の覆いを除かれた。すると彼は、主の使いが道に立ちはだかり、抜き身の剣を手に持っているのを見た。彼はひざまずき、伏し拝んだ。32 主の使いは彼に言った。「何のために、あなたは自分のろばを三度も打ったのか。わたしが敵対者として出て来ていたのだ。あなたがわたしの道を踏み外していたからだ。33 ろばはわたしを見て、三度もわたしから身を避けた。もし、ろばがわたしから身を避けていなかったなら、わたしは今すでに、あなたを殺して、ろばを生かしていたことだろう。」34 バラムは主の使いに言った。「私は罪を犯していました。あなたが私をとどめようと道に立ちはだかっておられたのを、私は知りませんでした。今、もし、あなたのお気に召さなければ、私は引き返します。」35 主の使いはバラムに言った。「その人たちと一緒に行け。しかし、わたしがあなたに告げることばだけを告げよ。」そこでバラムはバラクの長たちと一緒に行った。

36 バラクはバラムが来たことを聞いて、彼を迎えに、国境の端にあるアルノンの国境のイル・モアブまで出て来た。37 バラクはバラムに言った。「私はあなたを迎えようと、人を遣わさなかったでしょうか。なぜ、私のところに来てくださらなかったのですか。私には、あなたをおもてなしすることが、本当にできないのでしょうか。」38 バラムはバラクに言った。「ご覧なさい。私は今あなたのところに来ているではありませんか。私に何が言えるでしょう。神が私の口に置かれることば、それを私は告げなければなりません。」39 バラムはバラクと一緒に行き、キルヤテ・フツォテに着いた。40 バラクは牛と羊をいけにえとして献げ、それをバラムおよび彼とともにいた長たちにも贈った。41 朝になると、バラクはバラムを連れ出し、彼をバモテ・バアルに上らせた。バラムはそこからイスラエルの民の一部を見た。」

 

そのとき、主がバラムの目の覆いを除かれたので、彼は主の使いが道に立ちはだかり、抜き身の剣を手に持っているのを見ました。それですぐにひざまずき、伏し拝んだのです。すると主は、バラムが道を踏み外していたので、ろばを用いてそのことを示されたことを告げました。

するとバラムは、「私は罪を犯しました」と悔い改めました。そして、今、もしこれが神の御心でなければ引き返す、と言いました。すると主は、「この人たちと一緒に行け」と言われました。神は、不義の報酬を愛したバラムを用いて、ご自分の言葉を語らせようとしたのです。

 

 このようにしてバラムはバラクのところへやって来ました。「なぜ、すぐに来てくださらなかったのですか。」というバラクに対して、バラムは、「神が私の口に置かれることばを語らなければなりません。」と言いました。不義の報酬を愛したバラムですが、ろばが人間のことばを話すことによって砕かれ、教えられ、神の道に立つことができたのです。

41節には、バラクがバラムをバモテ・バアルに上らせたとあります。バモテ・バアルとは、「バアルの高台」という意味で、そこはバアル礼拝が行われていた丘でした。この丘からバラムはイスラエルの民を見下ろしたのです。

 

私たちも不義を愛したバラムのように、表面的には神に従っているようでも、その心は貪りを愛するような者です。しかし神はそんな私たちを何とか正そうとして、あの手この手を使ってご自身の御心を示しておられるのです。時にはバラムにしたように、ろばのことばを通して語られることもあります。ですから、私たちはいつも柔和な心で神の御言葉を聞き、それに従う者でありたいと思います。

民数記21章

民数記21章

 

きょうは民数記21章から学びます。

 

Ⅰ.青銅の蛇(1-9)

 

まず1~9節をご覧ください。3節までをお読みします。「1 ネゲブに住んでいたカナン人アラドの王は、イスラエルがアタリムの道を進んで来たと聞いた。彼はイスラエルと戦い、その何人かを捕虜として捕らえた。2 そこでイスラエルは主に誓願をして言った。「もし、確かにあなたが私の手に、この民を渡してくださるなら、私は彼らの町々を聖絶いたします。」3 主はイスラエルの願いを聞き入れ、カナン人を渡されたので、イスラエルはカナン人とその町々を聖絶した。そしてその場所の名をホルマと呼んだ。

 

イスラエルの民は、ホル山でアロンが死に彼をそこに葬ると、そこから北上しネゲムに向かいました。下の地図をご覧ください。

 
   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出エジプトの経路」(出典:新改訳聖書第3版、日本聖書刊行会)

 

ネゲブはカナン人の地の南方の地域のことです。その最大の都市はベエル・シェバという町ですが、そこから東に約35㎞のところにアラドという町がありました。そこは神がアブラハムに約束されたカナン人の地に近いところでした。そのアラドの王は、イスラエルがアタリムの道を進んで来ると聞いて、イスラエルと戦い、何人かを捕虜として捕らえたのです。そこでイスラエルは主に誓願を立てて祈りました。もし、主がイスラエルの民の願いを聞き入れ、彼らを渡されるなら、彼らの町々を聖絶すると。「聖絶」とは、神のものとするということです。すると主はイスラエルの願いを聞き入れ、彼らに勝利を与えられたので、イスラエルはカナンとその町々を聖絶しました。それで、その町の名をホルマと呼びました。意味は「聖絶する」です。

 

かつてイスラエルがカデシュ・バルネアにいたとき、約束の地カナンの地を偵察させるために12人のスパイを送りましたが、彼らは不信仰になって神の命令に背きその地に上って行こうとしませんでした。それで主はイスラエルに40年間荒野で彷徨わせると言われると、今度は手のひらを返したかのように「とにかく主が言われた所へ上って行ってみよう」(14:40)と言いました。すると主は「上っていってはならない」と言われました。なぜなら、主は彼らのうちにおられなかったからです。もし上って行こうものなら、彼らは敵に打ち負かされるであろうと警告したのです。それでも彼らは主の言うことを聞かず上って行くと、山地に住んでいたカナン人に打ち負かされ、このホルマまで追い散らされたのです。もう39年も前の話です。しかし、今度は違います。今度は主が彼らの願いを聞き入れられたので、彼らの町々を聖絶することができました。一方では、彼らの願いは聞かれられず、今回は聞き入れられるという、いったいこれはどういうことなのでしょうか。

 

それは、神がともにおられるかどうかということです。彼らは自分たちの思いで、「とにかく上って行ってみよう」と言った時に、主は彼らとともにはおられませんでした。なぜなら、主のみこころは「上って行ってはならない」ということだったからです。しかし、あれから39年、肉の欲望にかられ、不信仰に陥り、さらに反逆までしたイスラエルの民はみな死に絶えてしまいました。そこには新しい民の姿がありました。そんな新しいイスラエルが主に誓願を立てて祈ると、主はその祈りを聞いてくださいました。主がともにおられたので、彼らに勝利することができたのです。問題は、主がともにおられるかどうかです。かつてだめだったから今度もだめだということではありません。かつてだめであってもその原因がどこにあったのかを振り返り、悔い改めて、主に立ち返るなら、主は勝利を与えてくださるのです。

 

次に4節から9節までをご覧ください。「4 彼らはホル山から、エドムの地を迂回しようとして、葦の海の道に旅立った。しかし民は、途中で我慢ができなくなり、5 神とモーセに逆らって言った。「なぜ、あなたがたはわれわれをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。われわれはこのみじめな食べ物に飽き飽きしている。」6 そこで主は民の中に燃える蛇を送られた。蛇は民にかみついたので、イスラエルのうちの多くの者が死んだ。7 民はモーセのところに来て言った。「私たちは主とあなたを非難したりして、罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう主に祈ってください。」モーセは民のために祈った。8 すると主はモーセに言われた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上に付けよ。かまれた者はみな、それを仰ぎ見れば生きる。」9 モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上に付けた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぎ見ると生きた。」

 

イスラエルの民は、ホル山からエドムの地を迂回して葦の海の道に旅立ったとき、途中で我慢できなくなり、神とモーセに逆らって言いました。「なぜ、あなたがたはわれわれをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。われわれはこのみじめな食べ物に飽き飽きしている。」(5)

イスラエルはまたもやモーセに逆らいました。何が問題だったのでしょうか。パンもなく、水もなかったのです。ついちょっと前にも同じことがありました。彼らがツィンの荒野に入ったときパンもなく、水もありませんでした。しかし神は彼らの叫びを聞かれ、岩から水が流れ出るようにされました(20:1~13)。彼らは水のことで神と争ったので、そこは「メリバの水」と呼ばれました(20:13)。それなのに彼らはそこから何も学びませんでした。また不平不満を鳴らしたのです。彼らはちょっとでも嫌なこと苦しいことがあると我慢することができず、すぐに不満をぶちまけたのです。

 

それで主はどうされたでしょうか。そこで主は民の中に燃える蛇を送られました。そして蛇が民にかみついたので、イスラエルの多くの人が死んでしまいました。この「燃える蛇」とは何でしょうか。おそらく、かまれると焼けつくような痛みと激しい毒のゆえにこのように呼ばれていたのではないかと思われます。この蛇は複数形で書かれているので、何匹もうじゃうじゃしていたのだと思います。私は蛇が大嫌いで、1匹でも気持ち悪いのに何匹もいたらたまったものではありません。しかも毒蛇です。それが民にかみついたので、多くの人々が死んでしまいました。

 

それで民はモーセのところに来て言いました。「私たちは主とあなたを非難したりして、罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう主に祈ってください。」彼らはそれが神の罰であることに気付き、自分たちの非を認め、モーセに助けを求めたのです。

それでモーセは民のために祈りました。すると主はモーセに興味深いことを仰せられました。それは、青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ、ということでした。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば生きる、というのです。

モーセは命じられた通り、一つの青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上に付けました。すると、蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぎ見ると生きたのです。いったいこれはどういうことでしょうか。これは、信仰の従順による癒しと救いです。これは青銅の蛇自体に救う力があったということではなく、この神のことばを信じてそれを仰ぎ見た者だけが、死の毒を免れて救われることができたということです。

 

この出来事について、イエス様はニコデモに対して語られました。ヨハネの福音書3章14~15節です。「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子も上げられなければなりません。それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

人の子が上げられるとは、イエス様が十字架に上げられることを表しています。ヨハネの福音書12章32~33節でヨハネは、このイエス様が言われたことをこう説明しています。「32 わたしが地上から上げられるとき、わたしはすべての人を自分のもとに引き寄せます。」33 これは、ご自分がどのような死に方で死ぬことになるかを示して、言われたのである。」

ニコデモはイスラエルの指導者でした。ユダヤ人の教師です。ですからこの話を十分に知っていました。イエス様は、モーセが荒野で上げた青銅の蛇のように、十字架に上げられることを語られたのです。

 

まず、蛇が彼らに死をもたらしたことに注目しましょう。エバを惑わしたのも蛇でした。黙示録12章9節によると、この蛇は悪魔であることが分かります。そして主は蛇に対してその子孫のかしらが、女の子孫によって打ち砕かれると約束されました(創世記3:15)。蛇の子孫は女の子孫のかかとをかみつくが、女の子孫は蛇の頭を打ち砕きます。これは十字架と復活の預言です。すなわち蛇は女の子孫として来られたキリストを十字架につけて殺すことに成功しますが、それはまさにかかとにかみつくことです。しかしキリストは三日目に死から復活しました。それは敵の頭を踏み砕くことです。それはキリストによって敵である悪魔に対する完全な勝利を表していました。

「そういうわけで、子たちがみな血と肉を持っているので、イエスもまた同じように、それらのものをお持ちになりました。それは、死の力を持つ者、すなわち、悪魔をご自分の死によって滅ぼし、 死の恐怖によって一生涯奴隷としてつながれていた人々を解放するためでした。」(ヘブル2:14-15)

つまり、蛇が死をもたらしたのは、罪が死をもたらしたと言い換えることができます。そして青銅で蛇を作りなさいというのは、その罪に対する神のさばきを表していました。覚えていますか、祭壇が青銅で作られていたのを・・。そこで罪のためのいけにえが焼かれました。それは、罪に対する神の裁きを表していたのです。つまり、罪が裁かれたことを表していたのです。しかもそれが旗ざおという木の上で裁かれました。キリストは十字架にかけられ、青銅の蛇となって、全人類の罪のさばきをその身に負われたのです。そのキリストを仰ぎ見る者が救われるのです。それが信じるということであり、ニコデモに対してイエス様が語られた「御霊によって新しく生まれなければならない」ということだったのです。

 

Ⅱ.ピスガの頂へ(10-20)

 

次に10節から20節までをご覧ください。「10 イスラエルの子らは旅立って、オボテで宿営した。11 彼らはオボテを旅立ち、日の昇る方、モアブに面した荒野にあるイエ・ハ・アバリムに宿営した。12 彼らはそこを旅立ち、ゼレデの谷に宿営し、13 さらにそこを旅立って、アモリ人の国境から広がっている荒野にある、アルノン川の対岸に宿営した。アルノン川は、モアブとアモリ人との間にあるモアブの国境だったからである。14 それで、『主の戦いの書』にもこう言われている。「スパのワヘブとアルノンの谷川とともに、15 アルの定住地に達する谷川の支流は、モアブの領土を支えている。」16 彼らはそこからベエルに向かった。それは主がモーセに、「民を集めよ。わたしが彼らに水を与える」と言われた井戸である。17 そのとき、イスラエルはこの歌を歌った。「井戸よ、湧きいでよ。あなたがたは、これに向かって歌え。18 笏をもって、杖をもって、君主たちが掘り、民の尊き者たちが掘り下げたその井戸に。」彼らは荒野からマタナに進み、19 マタナからナハリエルに、ナハリエルからバモテに、20 バモテからモアブの野にある谷に行き、荒れ野を見下ろすピスガの頂に着いた。」

 

10節には、「イスラエルは旅立って」とありますが、どこから旅立ったのかはわかりません。おそらくエドムを迂回して南下し、モアブの草原に向かって北上して行った途中の地点だったのではないかと思われます。そしてオボテまでやって来ました。このオボテは地中海の南方、エドムとの境界にある町です。そこからさらにイエ・ハ・アバリム、ゼレデの谷に宿営し、エモリ人の国境から広がっている荒野にあるアルノン川の向こう側に宿営しました。それはアルノン川がモアブ人とエモリ人との間の、モアブの国境であったからです。すなわち、彼らはアルノン川の北のエモリ人の地に宿営したのです。

 

それからベエルに向かいました(16)。「ベエル」がどこにあるのかはわかりませんが、そこは主がモーセに「民を集めよ。わたしが彼らに水を与える」と言われたところです。彼らは井戸を求めていたからです。その井戸についての歌が17節と18節にあります。乾燥地帯の砂漠にあってこうした井戸が与えられたことは、どれほど大きな癒しと励ましとなったことでしょうか。彼らはそこで主に感謝の歌をささげました。すばらしいですね。不平を鳴らすのではなく、感謝の歌を歌うのです。私たちも聖霊によって生きるなら、感謝の歌をささげるようになります。なぜなら、主は聖霊によって私たちの心に永遠に渇くことがない水を与えてくださるからです。こうして彼らはピスガの頂にまでやってきました。後にモーセがそこから約束の地を見下ろし、死ぬ場所です。

 

Ⅲ.勝利ある人生(21-35)

 

次に21節から35節までをご覧ください。「21 イスラエルは、アモリ人の王シホンに使者たちを遣わして言った。22 「あなたの土地を通らせてください。私たちは畑にもぶどう畑にもそれて入りません。井戸の水も飲みません。あなたの領土を通過するまで、私たちは『王の道』を通ります。」23 しかし、シホンはイスラエルが自分の領土を通ることを許さなかった。シホンはその兵をみな集めて、イスラエルを迎え撃つために荒野に出て来た。そしてヤハツに来てイスラエルと戦った。24 イスラエルは剣の刃でシホンを討ち、その地をアルノン川からヤボク川まで、アンモン人の国境まで占領した。アンモン人の国境は堅固だった。25 イスラエルはこれらの町々をすべて取った。そしてイスラエルは、アモリ人のすべての町、ヘシュボンとそれに属するすべての村に住んだ。26 ヘシュボンはアモリ人の王シホンの町であった。彼はモアブの以前の王と戦って、その手からその全土をアルノンまで奪っていた。

27 それで、詩のことばを語る者たちも言っている。「来たれ、ヘシュボンに。シホンの町は建てられ、堅くされている。28 ヘシュボンから火が出た。シホンの町から炎が。それはモアブのアルを、アルノンにそびえる高地を焼き尽くした。29 モアブよ、おまえはわざわいだ。ケモシュの民よ、おまえは滅び失せる。その息子たちは逃亡者、娘たちは捕らわれの身。アモリ人の王シホンの手によって。30 しかし、われわれは彼らを投げ倒し、ヘシュボンはディボンに至るまで滅び失せた。われわれはノファフまで荒らし、それはメデバにまで至った。」

31 こうしてイスラエルはアモリ人の地に住んだ。32 そのとき、モーセは人を遣わしてヤゼルを探り、ついにそれに属する村々を攻め取り、そこにいたアモリ人を追い出した。33 さらに彼らが向きを変えてバシャンへの道を上って行くと、バシャンの王オグが、エデレイで戦うために、そのすべての兵とともに彼らの方に出て来た。34 主はモーセに言われた。「彼を恐れてはならない。わたしは彼とそのすべての兵とその地をあなたの手に与えた。あなたがヘシュボンに住んでいたアモリ人の王シホンに行ったように、彼にも行え。」35 そこで彼らは、彼とその子たちとそのすべての兵を討ち、一人の生存者も残さなかった。こうして彼らはその地を占領した。」

 

ピスガの頂まで来たとき、イスラエルはアモリ人の王シホンに使者たちを送りました。そこに彼らの土地だったからです。それでモーセたちはエドム人に対するのと同じように、ただ通過させてほしいと頼んだのですが、アモリ人の王シホンは、イスラエルが自分たちの領土を通ることを許しませんでした。それどころか、イスラエルと戦うために出てきたのです。なぜ彼らはモーセの依頼を断ったのでしょうか。イスラエルに敵対していたからです。後に北イスラエルを滅ぼしたアッシリア帝国の人々は、ハムの子カナンの子孫であるこのアモリ人でした(創世記10:16)。彼らはアッシリア一帯を征服し、その周辺の支配者となっていたのです。このようにアモリ人は常にイスラエルに敵対する民でした。それでイスラエルが通ることを許さなかったのです。それどころか彼らが攻撃してきたので仕方なくイスラエルは応戦し、その結果、彼らを打ち破り、アムノン川からヤボク川までを占領したのです。

 

こうやって見ると、神の民にはいつも戦いがあることがわかります。こちらが平和的な解決を望んでいても、相手も必ずしもそうだとは限りません。このように戦いを挑んでくるようなケースがあるのです。それはこの世が悪魔に支配されているからです。神の御業の前進好まないのです。ですからありとあらゆる形で妨害し、それを拒もうとするわけです。しかし、主はわたしたちとともにいて戦ってくださいます。そしてそのことによってかえってご自分の御業を進めておられるのです。主は悪魔が行なう仕業をも飲み込み、ご自分の勝利に変えてくださるのです。

 

その大勝利の歌が27~30節までにあります。「へシュボン」とはアモリ人の王、シホンの町でした。彼らは以前モアブの王と戦って、その全土を取っていました。けれども今、そのヘシュボンはイスラエルによって奪い取られたのです。主は勝利を治めてくださいました。この歌はそっくりそのままイスラエルの勝利の歌となったのです。

 

31節をご覧ください。こうしてイスラエルはアモリ人の地に住みました。さらに彼らはバシャンへの道を上って行きました。つまり、そのまま北上して行ったということです。それでバシャンの王オグはエデレイで戦うために、そのすべての民とともに出てきました。しかし、主はモーセに言われました。「彼を恐れてはならない。わたしは彼とそのすべての兵とその地をあなたの手に与えた。あなたがヘシュボンに住んでいたあのアモリ人の王シホンに行ったように、彼にも行え。」そこでイスラエルは彼らとその子らとすべての民とを打ち殺し、その地を占領しました。

 

このようにして主は、すでに約束の地に入る前に約束の地における主の勝利を見せてくださったのです。彼らは不平不満によって燃える蛇を送られ、死に絶えるという神のさばきを受けましたが、その罪を悔い改め、神が言われたとおりにすることによって、つまり、旗さおに掲げられた青銅の蛇を仰ぎ見ることによって救われると、たとえ行く手にどんなに強力な敵がいようとも、破竹の勢いで前進していくことができたのです。そこに主がともにおられたからです。

 

それは私たちも同じです。私たちも自分の罪を悔い改め、神が仰せられた通りに救いを受け入れる時、その罪が赦され、永遠のいのちが与えられるだけでなく、たとえ目の前にどんな敵がいても勝利することができるのです。神がともにおられるからです。これが私たちの信仰生活において最も重要なことです。神がともにおられるかどうか。神がともにおられるなら、私たちは圧倒的な勝利者になることができます。ということは、クリスチャンにとって最も恐ろしいことは、罪の中にとどまっていることです。神は罪の中には決しておられないからです。であれば、私たちはいつでも罪を悔い改めて神に立ち返ること、神がともにいてくださることを求めなければなりません。

 

まだ約束の地に入ってはいなくても、主は確実に勝利をもたらしてくださいます。私たちの信仰の歩みは、まさにイスラエルの荒野の旅と同じなのです。大切なのはどのように進んでいくかということではなく、だれとともに行くのかということです。神がともにおられるなら、何も恐れることはありません。必ず勝利することができるからです。イエス・キリストによって与えられた神の恵みを受け入れ、信仰をもってこの旅路を進んでいきたいと思います。